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「アナタ…誰?」
仕事を終えて、そのまま新曲の打ち合わせでずっとレコーディングルームに混もっていた。だから、知らない番号やら事務所やらナマエの携帯から着信が何件も入っていることに気づいたのは翌日の日が傾きはじめてからだった。
留守番電話には事務所から、ナマエが交通事故に合い、意識不明の状態であるとの内容だった。ボクは知らされた病院に急いで向かった。
病院で話を聞くとどうやら意識は戻って、外傷も軽度とのことでICUから一般病棟へ移ったらしく、ホッとしながら部屋へ足を運ぶことにした。
まったく…ボクと作りが違うんだから無理はするなってあれほど言ってたのに。またいつもの様にぼーっと歩いていたに違いない。
そんなことを思って部屋へ向かうと、ナマエの口から衝撃的な内容が紡ぎ出された。
鏡逢わせ
「ナマエ…」
「それが私の名前、なんですよね…?さっき知らされてまだ馴染めないの。アナタ…私の知ってる人?」
所謂、記憶喪失…脳に異常はないが、事故の衝撃か、打ち所が悪かったか、記憶がないらしい。普通は事故の前後や最近の出来事を忘れるみたいだけれど、ナマエの場合はまったく記憶がないため、これからさらに精密検査をしてカウンセリングを始めるとのことだった。
「ボクは美風藍。」
「キレイな名前ね。美風君、よろしくお願いします。」
「みかぜ…くん、か。」
いつも会えば「藍ちゃん」ってキラキラ笑うナマエだった。
ボクが姿を消して…それからあの誰もいない暗闇から愛音に帰り方を教えてもらうまで…ナマエもこんなに辛い思いをしたのだろうか。
君は目の前にいるのに、ボクを…全てを知らない君はものすごく遠い存在みたいだ。
こんなにも心が締め付けられて、切なくて。
…どうして?何故、記憶が失われるよう選ばれたのが君なの?
神様なんて信じていなかったけれど、本当にいるならボクは一生許さない。
「?」
「ごめん、ごめんね。」
抱き寄せたナマエの体にはあちこち小さな擦り傷があって、ボクはギュッと抱きしめて目を瞑った。
「美風君…?どうしたの?」
彼女の声にハッとして、感情を整理する。だけど、体は何故かナマエを抱きしめたまま動こうとはしなかった。
「ボクも昔…君に、同じ思いをさせたことがあるから。」
「…そう。」
それだけ言うと、彼女もそっと、僕の肩に顔を埋めたのだった。
ごめんね、ナマエ。
ボクが、君の記憶を取り戻せたらどんなにいいか知れない。
これは罰だ。