15-05
「私あちらで作業してますので、獄寺君もお好きにどうぞ」
獄寺の返事も聞かず、彼女はどこからか持ってきた脚立を持ち、えっちらおっちらと図書室の奥に消えていく。足元のおぼつかなさに大丈夫か、と獄寺は不安になるが、そんなのは知ったことではない。
新着図書の中からめぼしい本を見つけて、彼は窓辺に腰かけた。
外からは放課後の賑やかな歓声に混じり、風紀委員たちの怒号も聞こえる。
見れば、同級生の山本が風紀委員会と追いかけっこをしているではないか。
「……アイツ何やってんだ」
思わず呟けば、どうやら風紀委員たちは山本が貰ったチョコレートを狙っているらしいことがわかる。すると、図書室の奥からは柊の声が聴こえてくる。
「風紀委員会、チョコレート狩りしてるんですって。」
「はあ?なんだそりゃ…」
「まったく同じ意見ですね。」
作業しているのであろう、ぎし、ぎし、という脚立の軋む音が響く。
獄寺は音のする方向に足を運べば、そこには脚立の頂点に上り、本棚の上に手を伸ばす柊の姿があった。どうやら棚の上の小さな箱を取ろうとしているらしく、届くか届かないかといったところだ。あまりに覚束ない様子に、獄寺は舌打ちして歩み寄る。
「……オメーそれ…」
大丈夫かよ、と言おうとした時だった。
急に間近で声をかけられて驚いた柊が、身体を強張らせた瞬間、脚を滑らせた。脚立から足が離れ、傾いた身体。
「あ」
足場もなく、重力に引っ張られた柊は、目を閉じて衝撃に備える。
……が、身体に痛みは走らない。代わりに感じたのは、温もりだ。
恐る恐る目を開ければ、目の前には今にもブチ切れんばかりに苛立ちを前面に押し出した銀髪碧眼のどアップが広がった。柊は開けた目をそろそろと閉じた。
「閉じてんじゃねぇ!」
閉じてもやっぱりブチ切れられた。
投げ出されなかっただけまだましであろう、柊はそろそろと目を開けると「ありがとうございます…」と小声で述べた。
改めて状況を確認すると、床すれすれのところで柊の頭から腰を抱き込むようにして支えられていたことに気が付き、我ながら死んでいたかもしれないとぞっとする。
「鈍くさい癖になにやってんだテメェは」
「どんくさ…!!う、否定はできませんが…あの棚の上のモノ、取ろうと思って」
「ったく、無理するくらいなら言え!」
べちゃ、と床に放り投げられた柊が「ぐえっ」と呻けば、獄寺はさっさと脚立に上り、柊の目当てのものを取って寄越してきた。
「……ほらよ」
「!あ、ありがとうございます!!」
柊がいそいそと箱の中身を確認すると、そこに入っていたのは所謂“ヒートン”と呼ばれるねじ付きフックだ。
「一体そんなもん何に使うんだ?」
「あ、実はですね、図書館アンケートに、どこに何の本があるのかわかるようにしてほしいっていう投書があったんです!確かに他の図書館とかにはあるけどうちの図書室にはないなぁと思いまして」
「…で?」
「これです」
ふふん、と柊が得意げに取り出したのは、既に用意されていた看板たち。まっすぐ行けば経済書、左に曲がれば参考書、右に曲がれば文学…矢印と共にジャンルの場所が表記されたこの看板があれば、もう図書室内で迷う者もいないだろう。
「今までソフト面の充実にばかり目がいってたんですが、ハード面もしっかり整備しなきゃダメだと思い知らされました。ありがたい話です。」
彼女はそう言ってきらきらとした眼差しを獄寺に向けた。
こんな鈍くさい女だけれど、この場の心地よさは、やはり彼女が作り出しているのだと獄寺は悟った。
「……ったく」
獄寺は柊からヒートンが入った箱を奪うと、倒れた脚立を元に戻した。
「え?」
「おら、やるぞ」
「えっ?ええ??」
今まで良いだけ図書室内のカウンターに出入りしては一切手伝うことなどしてこなかった獄寺が、どうやら手伝ってくれるらしいと察した柊は、目を丸くした。
「どーせ俺は落ち着くまで帰れねーし、アンタはアンタでまた脚立上ったら落ちるだろ」
「私が落ちるのは決定事項ですか」
「鈍くさ女にゃ無理だろーなあ」
へっと笑う獄寺に、柊はむぅ、と頬を膨らませる。だが、せっかく獄寺が手伝ってくれる意志を示してくれたのだから、ここは素直に甘えることにして、柊は「お願いします」と頭を下げる。
獄寺は脚立に上り、さっさと天井にフックをつける。脚立を抑えていた柊から看板を手渡され、フックにかければ、案内看板の完成である。
「おお…早い…すごい…!」
「まだあるんだろ、さっさとやっちまうぞ」
「あ、はい、お願いします」
図書室には、もうすぐやってくる春を感じさせる、うららかな日がさしこんでいる。
窓の外からは、ドカバキという破壊音と、男達の怒号やうめき声が響く。いつもの並盛中の放課後の喧騒をBGMに、二人は黙々と脚立を移動させながら図書室内の整備を行うのだった。