15-04
2月14日。
その日の獄寺隼人は朝から散々だった。
登校すれば女子生徒の集団が教室の前で集っており、獄寺の平和な朝は詰め寄ってくる女子たちによって打ち砕かれた。何だこの光景、覚えがある。そうだ、あれは誕生日の出来事だった。
「獄寺君、うけとって〜!」
「は?いらねーし」
目の前に差し出されたピンクや赤のカラフルなラッピング達。
獄寺が彼女たちをあっさりと切り捨てれば、横で共に登校していた沢田綱吉は目を白黒させていた。獄寺は女子生徒たちにガンを飛ばして睨むが、集団で迫りくる女と言うのは食い下がる生き物であるということを、獄寺は以前の経験から学んでいた。
「そんなこと言わないで!さあ!」
「さあってなんださあって!!だからいらねーっつってんだろ!」
半年前とまるで同じやり取りをしつつ、獄寺隼人は鼻息荒く詰め寄ってくる女子生徒達から逃げるため、「すみません10代目!」と言って走り出した。
やっぱり、どこへ逃げても見つかった。
女子たちの情報網は相変わらず広かった。
案の定屋上はすぐに見つかったし、校舎裏のたまり場も早々にみつかった。
グラウンド横の部活動棟にいけば、誕生日の件を踏まえて部活動棟を根城にしている女子たちが罠を張っている始末である。
「くそ…奴等進化してやがる…!」
人間とは失敗を糧に立ち上がる生き物だ。
トイレの前での待ち伏せや、連係プレーで一方が沢田綱吉を足止めし、もう一方が獄寺を追い詰め分断させるなど、誕生日よりも容赦のない攻撃に獄寺は何度も何度もブチ切れそうになった。
しかし、そんな彼の様子を見た沢田綱吉は苦笑いしながらも言った。
「みんな、獄寺君が好きなんだよ」と。
だが、獄寺隼人は思う。
俺が慕っているのは10代目だけで、女子たちに慕われる理由はない!
……そう沢田綱吉に豪語すれば、顔を引きつらせてハハハと笑われるのみ。
それどころか「俺なんて一個も貰えそうにないのに…」と苦笑いを浮かべられてしまう始末。沢田綱吉の横で平穏な一日を過ごしたいのに、バレンタインデーは沢田と獄寺の距離感さえ開けてしまう凶事となりつつあった。
「じゅ、十代目、俺は別に…」
「いや、いいんだ。俺だって家に帰れば母さんから貰えるだろうし…」
滲む沢田の悲壮感に、獄寺がフォローの言葉をかけようとすれば、背後からは「獄寺君〜〜〜!!!」という女子たちの嬌声。こんな大事な時に、と獄寺は舌打ちしながら「10代目、また後程!!」と言って教室を飛び出し、昼休みもあっという間に追いかけっこで終わってしまった。
このままでは平和な一日など訪れない。
せめて、ほとぼりが冷めるまで、どこかに身を隠さなくてはならない。
そんな折、脳裏に浮かんだのは、獄寺お気に入りのあの場所である。
蘇るのは、生真面目なあの聖域の主とのやり取り。
『2月14日は、臨時閉館します』
『……は?』
『2月14日は、臨時閉館しますからね。わかりましたね』
『それ、俺に関係あんのか?』
『それは、わかりませんけれど…。一応、お伝えしましたからね。』
あの時は一体何を言われているのか解らなかった。だが、今の獄寺には彼女の言いたいことの意味がうっすら分かったような気がした。腰元に解錠用のヘアピンが下がっていることを確認した獄寺は、終礼の挨拶と共に、一目散に三階の奥目指して駆けだした。
時は放課後。
うかうかしていては女子生徒に見つかってしまう。
見つかる前に、身を隠して女子生徒たちを帰してしまう。そして誰もいなくなった頃に、自分もゆっくり下校すればいい。
猛ダッシュをかました獄寺は、途中数人の女子たちに目撃されながらも、目当ての部屋の扉の前に辿り着いた。ドアノブに手をかければ案の定鍵はかかっており、扉に下がる札は「本日臨時閉館」。獄寺は解錠用のヘアピンを無造作に鍵穴に突っ込み、ものの5秒で解錠すると、さっと部屋の中に入り込み、鍵を閉める。
「あれ!?こっちに来た気がするけど…」
「いない、向こうかな!?」
扉の陰に隠れて息を潜めていれば、女子の集団が己を探す声がする。
途中、がちゃがちゃ、と扉を開けようとする力が加えられるが、獄寺が内側から鍵をかけてしまっているため、中には入れない。
ばたばた…
やがて、喧々諤々のうちに足音は遠ざかって行く。
獄寺がほう、と緩く息をつけば、がちゃり、と音がした。
「ああ、やっぱり来てましたか」
「……うっせ」
それは、この部屋の鍵を持っている唯一の人間である。
彼女は扉の横で小さくなっている獄寺隼人を見つけるなり、肩をすくめるのだった。