13-01


早朝5時。
冬至は数日前に過ぎたばかりで、まだまだ夜は長い、そんな季節だ。
時刻は明け方だが、辺りはとっぷりと暮れたままで、勿論彼女が住まう並盛のまちもまた、闇に包まれていた。空には一番星がひとつ、きらりと光り輝いているくらいで。


闇の中に、ほう、と息を吐く。
それは、ほわりと白い靄になって、空中に消えていく。


今日は一段と寒い。部屋を出た瞬間、その寒さにあてられて速攻部屋にUターンした彼女は、予め用意していた耳あてとマフラー、手袋を装備して、家を慌てて飛び出した。そして、まだ暗い並盛のまちなみを、自転車で疾走する。頬を切る風は冷たいけれど、そんなことは構っていられない。


(……昔だったらこんな日、絶対家から出なかったんですけれど)


柊美冬は、幼い頃より大変な寒がりであった。冬はいつも布団から出られず、オレガノに怒られながらしぶしぶ布団から出たものだ。だが今日は違う。この先にいるのは、いわば彼女のクライアントだ。
彼と過ごすこの時間は、美冬にとっても得るものの多い、貴重な時間である。

そうしていつもの川べりに辿り着けば、今日も今日とて、彼は既に準備運動をしていた。キキッという鋭い音と共に自転車のブレーキをかけて、彼の横に到着した柊。彼は準備運動をしていた手を止めて、おう、と軽く挨拶をする。



「遅かったな。寝坊か?」

「寒いから装備をしてきました」



柊がぱっと両手を彼に見せると、彼女のクライアントでクラスメイトの笹川了平は「ああ、その方が良いな」と言って笑った。鼻の頭を赤くしながら念入りに足の腱を伸ばす笹川に、柊は真っ白な息を吐きながら述べる。


「寒い日は筋肉が縮んで思わぬ怪我に至りやすいですからね。今朝は入念にストレッチしないと駄目ですよ」
「わかってる」


それは気温が低いここ数日、何度も言っていることである。笹川は、何度も言わんでもわかってる、と口を尖らせるが、昨日うっかり足をつらせたのはどこの誰ですかと
柊が返せばぐうの音も出ない様子で黙々と腿の筋肉を伸ばし始めた。


見上げれば、いつのまにか暗い夜空にもくもくと厚い雲が現れていた。それは今にも、雨が降り出しそうな空だったが、昨夜、天気予報ではこう言っていた。




「今日は、雪が降るそうですね」





柊はそうぽつんと漏らす。





「何ィ雪だと!?ならば俺のこの極限に熱い魂で溶かしてやるわ!!」

「…」



笹川の暑苦しい言葉に、柊は黙り込んだ。
いつもだったら「いやいや何言ってるんですか」とツッコミが入るところだが、辺りは静かな夜のまま。腿のストレッチを終えた笹川が、全く反応を見せない柊に「なんだどうした?」と首を傾げれば、柊美冬は笹川を見て、なんとも言えない表情を浮かべていた。

泣いているような笑いているような、困っているような、表情。





「何だその顔は」

「いいえ、別に。笹川君はすごいなぁって思って」





そう言って、ふ、と嗤った彼女は、溜息一つ吐くときりりと顔を引き締める。ペダルに足をかけた頃には、いつもの、冷静なマネージャーの顔になった。



「じゃ、行きましょうか」



先導は、いつもどおり自転車の柊美冬だ。
一定のペースを保ち自転車を走らせる彼女の後ろを、笹川了平がついて行く。


はっはっと二人が吐く息は、白く、闇に溶けていく。


笹川は知らない。
夜が明ける前の、暗闇の中を走る彼女が、いったいどんな顔をしているのか。








今日は、クリスマスだ。








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