12-06


一方、ディーノを見送った美冬は、はぁ〜〜〜と盛大なため息を吐いた。
がちゃり、と扉の鍵を閉めて、そのままずるずるとたたき部分に座り込んでしまう。


彼女の兄貴分を自称する彼が帰った後は、いつもとんでもない疲労感に見舞われる。何せこれでもかと構い倒され、ここぞとばかりにイジリ倒され、そして溢れんばかりの愛情を押し付けられるのだ。

ディーノは、皆に好かれる”良いマフィア”のお手本のような男である。
明るく、好青年で、義理堅くて、ちょっと涙もろい。誰にでも分け隔てなく接する彼は、美冬にだって愛情をもって接してくれる。

それが、どこか面映ゆく思えるようになったのはいつからだっただろうか。


「……やっぱりうまく喋れませんね」


あまりの勢いでやってくるものだから、ついつい威嚇をしてしまう。でもそうじゃない。本当はとても嬉しい。自分のような者にも、ああやって笑いかけてくれる彼が、とても眩しくて、温かくて、まるで、太陽のようだと思う。

それは、美冬が初めて彼に会ったときにも感じたことだった。
その頃のディーノはまだボスの座に就きたてで、今のような貫禄はなかったけれど、傍に居るとほんのりと心が温かくなるような、そんな気がしたのだ。


いつもお菓子や洋服、遠方に行った際には必ず土産を買ってきてくれる彼。
美冬が知らない外の世界のことを、色々と教えてくれる彼。

兄貴分だと自称する彼に「違います」と何度訂正を付け加えたことだろうか。

でもそれは、本心ではない。

美冬だって、彼のことを正真正銘”兄貴分”だと思っている。

今日なんて、頭を撫でられ、軽く口げんかをして、家の中を走り回ってしまった。
それは笹川了平と京子のような、まるで普通の兄妹の姿のようだと思った。


けれど、彼にそんな気持ちを伝える日は来ないだろう。


あくまで自分は、マフィアのしがない事務屋で、身分違いも甚だしい。それに、彼の気持ちが本心と仮定するならば、感極まって大泣きして、何をされるかわかったもんではない。


「絶対言えませんね……」


幼い頃より苛烈気味だったスキンシップは、きっと更にその激しさを増すだろう。そのさまはありありと想像できた。


それに、彼女の家族は。



「まったく、困ったものですよね、父さん、母さん」



彼女は苦笑いしながら靴箱の上の写真立てへと視線を移した。
そこには、経年劣化で古ぼけた写真の中に映る、男女3人組の姿があった。

写り込む女性の瞳は、美しい透明な橙色だ。

写真は決して何も言ってくれはしないけれど、彼女を優しく見守っていた。









さて、そんな数日後。
お節介な兄貴分より、お菓子、洋服、アクセサリー、土産物…様々な贈り物をこれまでに受け取り続けてきた彼女は、いよいよド級のプレゼントに目をひん剥くこととなる。

それは、いわゆるイタリアの超高級家具一式だった。
テーブルにソファ、ベッドにドレッサーまで、ロココ調で揃えられたそれらの家具は、見事に部屋の内装に見合わない。

送り主の名を見て仰天した美冬は、即座にクレームの電話を入れる。
……しかしその電話にディーノが「美冬が怒った!」と喜び、クレームにさえならなかったのは、ただの笑い話である。



跳ね馬ディーノは、彼女を大事に大事に、想っている。




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