09-02.俺とお前の体育祭


体育祭まであと8日。

まんまと風紀委員長の雲雀恭弥によって、臨時の保管委員長に仕立て上げられた柊を更に悩ませたのは、クラスメイトの隣人であった。



「うおおおおお!!!!極限!!!必勝!!!」



笹川了平は、体育祭に向け日々叫んでいた。
滾るアドレナリンは留まることを知らず、朝の挨拶、授業の合間、昼休み、放課後、どこでもいつでも彼の雄たけびはクラスを揺るがせていた。それも日増しに――体育祭が近づくごとに、声は大きくなっていく。


救護テントの運営に頭を悩ませていた柊にとっては、もはやその声は凶器だった。物理的に頭痛を催し、頭を抱える日々。柊は耳を抑えながら笹川に苦言を呈する。


「笹川君、うるさいですよ…」
「何を言うか柊!!もうすぐ体育祭だぞ!!今叫ばずいつ叫ぶのだ!!」
「当日叫べば十分ですよね!?」


かれこれ半年、朝はランニング、日中はつねに隣の席。同じ時を過ごす隣人へのツッコミスキルは最早クラスの誰もが認めるものとなった。最近では物言いから遠慮が失せ、いよいよあとはハリセンが出てくるのを待つのみ、などと揶揄される二人に、クラス中が大笑いする。
すると、柊の前の席に座っている女子生徒は「でもさぁ〜」とため息交じりで二人の会話に混ざってきた。


「やっぱり残念だよ」
「え?」
「柊さん体育祭には出られないんでしょ?」


先日の会議にて保健委員長代理として救護テントの運営を任された彼女は、クラスの出し物などには一切出られなくなってしまったのだ。
教室中がしゅん…と静まり返り、柊は慌てて両手を振った。



「で、でも、みなさんの足を引っ張らなくてかえって良かったかもしれませんよ!」
「そんなわけないじゃん!」


柊美冬は運動音痴である。
自分が競技に出てクラスの足を引っ張るよりはよっぽど良いのではないか、そう思っていたのだが、クラスの皆はそうは思わなかったらしい。

最初にその報をクラスにもたらした際には、クラス中が「打倒雲雀恭弥」と憤慨し、盛り上がった。今でも「残念」と言ってくれるクラスメイトの存在は、柊をうれしいような、恥ずかしいような気分にさせてくれる。



と、柊の頭のてっぺんに、拳が振り下ろされる。
幾分軟らかめに降ってきたのは、おそらく優しさ故か。


「!?」
「たわけがぁ!!」


勿論拳は隣人のもので、ついでに頭上から唾も飛んできた。


「お前が足を引っ張るなどまずあり得ん!仮にそうだとしても、俺がお前ごと引っ張ってやったわ!!!くそう雲雀め……うちの戦力を削ってどうする気だ…!」
「い、いたいいたいいたい!!」


最初は乗っかっていただけの拳も、雲雀への呪いの言葉が発せられるにつれその重みが増していく。笹川はギリギリと歯を食いしばり、めらめらと瞳に炎を燃やした。ぐりぐりぐりと拳は彼女の頭の上に擦り付けられて、彼女は涙目で抗議するも、それは笹川には届かない。

笹川は笹川なりに彼女が出場できないことを残念がっているらしい。柊は涙目ながらにぽつりと告げた。


「笹川君…ありがとね」


自然と頬が緩み、涙目で隣人を見上げた。

すると、笹川はむ、と眉間に皺を寄せる。



「何をニヤついてる!!悔しくないのか柊!!!」



叫びと共に、柊の顔面には大量の唾が飛んできた。



「ぎゃぁ!笹川汚っ!!」


それは柊の前の席の女子まで飛んで行ったようで、彼女が悲鳴を上げる。
柊も汚いなぁ、とは思ったけれど、悪い気はしなかった。


2年A組が潜入先で良かったな、と柊美冬は心の底から思っていた。





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