09-03.俺とアイツの体育祭


並中体育祭は全学年を3チームに分けて勝敗を競う。
チーム割は学年ではなくクラスごとの縦割りなので、例えば「A組」は1年A組、2年A組、3年A組の生徒で構成される。

つまり、2年A組の笹川と柊、そして1年A組の綱吉、山本、獄寺は全員同じ「A組」に所属する。

そんなわけで、ここは全学年のA組が揃う、体育祭作戦会議場である。
笹川が取り仕切るこの会には、1年から3年までのA組生徒がほぼ揃っていた。
大会場にずらりと並ぶ生徒たち。皆、笹川の熱にあてられたのだろうか、勢いが良すぎて思わず柊はひっと首をすくめる。
出来れば、早々にこの場を立ち去りたかった。
何せこの場には監視対象の沢田綱吉がいるのである。

そうっとこの場から逃げようとした柊だが、そう上手くはいかなかった。

「柊!書記を頼む!」
「…え」
「お前が一番適任だ!来い!」

そうして柊は、壇上に上がり、笹川の横に立たされる羽目になった。






「今年も組の勝敗を握るのはやはり棒倒しだ」


笹川は『棒倒し』という種目について熱く語っていた。
熱すぎて、大事な言葉は抜けるし、意味不明な部分も多く、とにかく勝つしかないという状況だけしかわからない、酷い有様である。
柊はちょいちょいと横からルールの補足をしたり、要点を板書していた……が。


(し、視線が痛い)


ある3人組の視線が、笹川ではなく自身に向けられているのを柊は感じた。

そのうちの一人、山本武は、にこにことこちらを見て、何ならひらりと手を振ってきた。誰が手を振り返すものか、と柊は顔を顰めた。
その隣の獄寺隼人は、こういったことには全く興味がないのだろう、始終気だるげな様子であるが、ちらりちらりとこちらを見てくる。
そしてその隣の沢田綱吉。
彼の視線は笹川了平に向いているが、時折こちらに視線が向くときがある。


(逃げたい…)


常日頃自分が綱吉を監視しているが、立場が逆転してしまえばこんなに心もとないことはない。顔にこそ出さないけれど、柊は胃をきりきりと痛めていた。
と、そんな時だった。


笹川が総大将を下りると言い出し、場内はざわめいた。
流石の柊も耳を疑って、思わず笹川の顔を凝視する。


「心配はいらん、オレより総大将にふさわしい男を用意してある……1のA沢田ツナだ!!」


笹川のご指名に、場内は一瞬静まり返る。
笹川は一体何を言っているのか。
ぽかんとした柊だが、はっとして声を上げた。

「ちょ…何言ってるの笹川君!!」
「俺は大真面目だ!!」

会議に参加していた他の面々もざわつくが、笹川は存外冷静な目をしている。何故か、彼は本気だった。

その後、笹川の脅迫まがいなごり押しや、沢田綱吉が担がれて有頂天になった獄寺隼人の圧により、沢田綱吉はまんまと棒倒しの総大将に仕立て上げられてしまった。



「……つ、綱吉君、大丈夫かなぁ…」


柊の口から思わずついて出たのは、心配の言葉だった。
半年近く彼を眺めていた柊にとっては、言葉こそ交わしたことはないが、沢田綱吉は身内のようなものである。
例え様々な特訓をしても、努力をしていても、所詮は付焼刃だということも彼女は知っていた。


「沢田なら心配いらん」


わあわあと騒ぐ沢田綱吉を尻目に、笹川了平は柊ににかりと笑いかけた。
過ぎてしまった夏を思わせるような明るい顔に、柊は思わず顔を顰めた。


「どこからそんな自信が来るんだか」

「お前は知らないかもしれんが、沢田はやるときはやる男だ。だから大丈夫だ。」



柊は自信ありげな言葉にぐう、と詰まった。


(そんなの)



柊だって、そんなことは知っている。
ずっと、綱吉のことは監視して、見守ってきたのだ。彼はやる時はやるし、逃げない時は逃げない男だなんて、ようよう知っているのだ。


だからこそ、笹川に言われてしまうのはどこか面白くない。

「……」
「心配するな。信じてやれ」

ついムッとして黙り込んだ柊に、笹川はそう言って彼女の肩をぽんぽんと叩いて笑うのだった。









そんな二人の様子を、獄寺隼人はぼんやりと眺めていた。
図書室の外で、初めてあの図書委員長を見かけた。
アイツは壇上に嫌そうに上がりながらも、あのウザいボクシング野郎の言葉を的確に捉え、補佐していた。
おかげで棒倒しがどういう競技なのか、全体を把握することが出来た。
あのままあのボクシング野郎だけが話していたら、競技ルールの把握すらままならなかっただろう。


(ルールがわかればこっちのもんだ。俺は10代目を完璧に補佐してやるぜ)


沢田綱吉が棒倒しの総大将と決まった今、獄寺隼人は彼を勝たせるべく特訓メニューやら妨害工作の方法などを綿々と考えていた。

しかしまぁ、あの芝生頭は気にくわない。
もっとわかりやすく喋れ、と思うし、あの我儘ぶりも癪である。

そして。


あんな奴相手に、あの女がふくれっ面を見せているのも、なんだか気にくわない。


「……」


まぁ、それは些末なことである。
そんなことよりも、今日から早速10代目をお支えしなければ!

獄寺の横で頭を抱えている沢田綱吉を見て、彼は忠誠心と言う名の炎を燃やすのだった。



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