09-01.僕ときみの体育祭


その日、並盛中の大会議室には、並盛中を取り仕切る各委員会の委員長たちがずらりと並んでいた。

なお、その顔は一様に、青い。


「がはっ!」


会議室には似つかわしくない打撲音。続いて人の呻き声が響いた。
豪勢な絨毯が敷かれた会議室の床に倒れているのは、保健委員長と体育委員長の二名。

そして、彼らの前に立ち悠々と見下ろすのは、風紀委員長こと雲雀恭弥だった。


「ゆっくり咬み殺してあげるよ」
「ひぃぃぃっ!!」「やめてくれぇぇ!!」


バキバキという何かが折れる音、男子生徒の情けない悲鳴をBGMに、図書委員長の柊美冬は遠い目で回想をしていた。



事の発端は、今月行われる体育祭について議題が及んだことである。
並盛中の体育祭は、生徒達が血気盛んなこともあり例年事故や怪我人が絶えない。
参加する本人達には楽しい、けれど運営側は準備が山のようにある文字通り「地獄のイベント」である。

運営は祭全体を取り仕切る体育委員長と、救護テントを運営する保健委員長が率先して準備を行わなければいけないことになっている。が。

「…は?準備が出来ていない?」
「それは委員会の奴らの準備が遅いだけで、俺は悪くない!」
「え、もうあと2週間もないですよ?本当に大丈夫?」
「うるさい!体育祭は体育委員会と保健委員会の取り仕切りだ!他の奴等は口出しするな!」

体育祭まであと10日なのに、殆どの準備は出来ていないという。他の委員会たちが非難と心配の声を上げたところ、体育委員長はふんぞり返って下の者のせいだと訴え、保健委員長もまた「そうだそうだ!」と追随した。
なんだこいつ、と思う暇もなかった。





ぴしり




空気が凍ったのを、誰もが肌で感じ取った。
あ、と誰かが口を開けたときには、既に遅い。
体育委員長と保健委員長の姿は席から消え去り、顔面を床にめりこませていた。

「…言い訳をした上に僕の目の前で堂々と群れようだなんて、随分勇猛だね」

優美な所作で二人の頭を鷲掴みにした雲雀恭弥は、笑みを浮かべて床面に委員長2名の顔をなすりつけた。横目でちらりとこちらを見た雲雀は彼女の名を呼んだ。

「柊」
「他の体育委員と保健委員に聞いてみましたけれど、特に委員長指示はくだっていないと伺っていますが」
「そう」

事前にこの件について裏取りをするよう雲雀から言付かっていた柊は、淡々と事実を述べた。「このアマ…!」と体育委員長が顔面から血を流しながら言うが、それも後の祭りだ。


「君のような無能は、少なくとも彼女に対する発言権はないよ」


そうして雲雀恭弥は体育委員長の頭を鷲掴みにしたままその体躯を持ち上げ、鳩尾に膝頭を抉り込んだ。









10分以上経っただろうか。
いや、多分経っていない。地獄絵図過ぎて時間が長く感じているだけだ。
現在、大会議室は無法地帯と化している。雲雀恭弥による一方的な制裁と、それを真っ青な顔で見守る他委員長たち。
そして彼らは、縋るようなまなざしを図書委員長の柊美冬にちらりちらりとむけていた。


(この場を何とかしてくれ、柊…!)

(あなたしかこの場はもう止められないわ…!)


そのまなざしにはありありとそんな叫びが浮かんでいた。
口に出せば、気が立っている雲雀に”群れている判断”され、咬み殺されてしまうかもしれない。彼らは目線で柊に訴えかける。
もちろん柊とて、彼らの意に気がついてはいる。だがここで何か発言すれば、間違いなく何か面倒を被ることになるのでは、と二の足を踏んでいた。

「も、もうやめてくれぇ…」

保健委員長の青息吐息が聞こえてくる。
口からは血を吐き、既に鼻はあらぬ方向に折れ曲がっていた。
いよいよ死人が出かねない、そんな雰囲気を帯び始めた現場の空気に、柊は、はぁ、とため息をついた。


「お取込み中の処失礼します。風紀委員長」


盛大に返り血を浴びた雲雀が、その手を止めて振り返った。


「何。邪魔するなら君も咬み殺すけど」
「…お言葉ですが、体育委員長と保健委員長を病院送りにするのはいかがなものかと。今日の会議はこのお二人がいないと成り立ちませんよ。っていうかもう遅いか…」


柊の視界には、既に昇天を果たし地獄から解き放たれた体育委員長と保健委員長の亡骸が転がっていた。雲雀はサディスティックな笑みをたたえて二人をほっぽりだすと、柊に向き直る。


「僕は何も困らないよ。そんなこと言うなら、体育祭くらい君が何とかしてよ図書委員長」
「図書委員なんだと思ってるんですかあなた」


思わずツッコむが、雲雀はただ笑って柊を見つめるのみ。
その笑みは、雲雀が彼女に無理難題を押し付ける時に見せる、試すようなものだった。


(ああ、ほらやっぱり)



思った通り、面倒ごとを被るのは自分なのだ。
ここまで来たらもう逃げられないと悟った柊は渋々言った。



「では、保健委員長が担当する予定だった、体育祭の救護テントの運営は私が請け負います。体育祭の運営は風紀委員でどうにかしてください」
「言うね」
「いたずらにこんなことして。落とし前くらいちゃんとつけてください。」
「……いいよ。じゃあ、体育委員長の代わりは草壁にやらせるかな」


お前がやらんのかい!!
この場の誰もがそう思ったが、実際に声に出ることはなかった。


迫る体育祭。
柊は臨時保健委員長に就任することと相成り、同時にまた一歩、本来の任務から踏み外すことになったのである。






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