03-03


(…あ…これは駄目だ)



本能が即座にそう告げた。
何故土下座なのかなんてどうでもいい。
お邪魔しました〜と言って、今この扉を閉めれば、きっと大丈夫!

突き刺さる嫌な予感に、柊はさっさと今開けた扉を、閉めようと


「見かけない顔だね。誰?」
「……転校生です」


……そうは問屋がおろさなかった。
黒髪の天使は、顔を動かすことなく、だが視線だけはちらりと柊に向けた。
口にした言葉は目元同様切れ味鋭く、そして言葉尻からは尊大な態度が見受けられた。
有無を言わせない雰囲気に、柊の眉がひそめられる。


「何しにここへ」
「図書委員会の見学、ですね」


これは最早問いかけではない。尋問だ。
日本の平和な中学校の、いち中学生が発しているにしては空恐ろしい殺気が、この室内には満ちている。その証拠に、ひれ伏している男女たちはぶるぶると震えていた。

殺気にあてられることに関して慣れていた彼女にとって、嫌な予感こそあれど彼の放つ空気はそこまで脅威ではない。


「残念だけど、図書委員会はもうすぐなくなるよ」
「……は?」


柊が首を傾げると、土下座していた男女たちは必死の形相で「そ、それだけはご勘弁を…!」と声を上げた。彼らの腕には「図書委員会」という腕章が付けられている。そして、彼らの前に立つ黒髪の天使の腕には「風紀委員会」の腕章。

(うわあ、またしても風紀委員会…!)

数週間前に追いかけられた記憶も未だ新しい。
苦々しい気持ちで彼を見やれば、当の本人は澄ました顔でこう述べた。


「図書室を取り潰して、浮いた運営費で風紀委員会の活動費に補填をしようと思って。」
「はあ?」



思わず出た怪訝な声に、天使の眉がぴくりと動く。
土下座して震えていた図書委員たちも、あっけにとられて柊を凝視した。


「僕に文句つけようなんていい度胸だね」
「いや、自然な反応だと思いますよ〜…」


柊の言葉に、黒髪の天使は手にしていた書類を放り投げる。
ばさ、と音を立てて柊の腕の中に落っこちてきたのは、全委員会分の前年度の実績と今年度の予算書のようだった。


(見てみろ、ってことですか。)


じっとこちらを見つめる双眸から脅迫めいた意図を悟った柊は、ぺらぺらと頁をめくる。


「少なくとも、それを解読できないような君には「え、他にも無駄だらけのところがあるのに、図書委員会の予算全カットで対応とか…ちょっとラクしようとしすぎじゃないですか?」……」



あっさりと真顔で言ってのけた柊に、空気が固まった。



「風紀委員会の活動の正当性はよくわからないんですけど、目に見えて削減可能な場所があるでしょう。ほら、体育委員会のラインパウダー代とか別に委員会予算じゃなくて授業の予算から出せますよね?ああ、あと放送委員会の機器更新代とかマイク一本我慢すれば本何冊買えるでしょうね…」



手にしていた赤ペンでささっと修正部分をチェックした柊は、黒髪の天使にその書類を差し戻す。

「これ作った人はちょっとラクしすぎですね〜。はい、ご参考までに」


受け取った資料に、彼が目を通しているその隙に。
柊は「じゃあ、これで失礼します」と言って即座に踵を返し、その場を後にした。

土下座を忘れて顔を上げたままの男女――図書委員会の生徒達は、ぽかんとその後ろ姿を見やるのみ。
そして、黒髪の天使こと、風紀委員長の雲雀恭弥といえば。



「転校生、ねえ……」



舌なめずりをしながら、ぺらりと予算書のページをめくった。










そんなこんなで翌朝。
柊が登校すると、本日は笹川ではなくクラスメイト達がいの一番に柊の席に飛び込んできた。

「ちょっと柊さん、一体何やったの!?」
「…え?」

皆その形相は一様に青い。
ただならぬ気配を感じた柊は聞きたくも無いが、聞いた。


「なんのことでしょうか…」
「掲示板!掲示板に張り出されてるんだってば!」
「はい…?」


いいから見てきなよ、とクラスメイトに促されて柊は生きた心地のしないままに下駄箱前の共同掲示板へと赴く。
掲示板の前には人だかりが出来ていて、そのうちの1人が「あ、あれ…」と柊を指差した。ざわついた生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにぱっと散開し、遠巻きに柊を見つめるばかり。


(いい予感が……全くしない………!!!)


柊は気持ちが重いままに、人だかりになっていた一枚の掲示物の前に足を運ぶ。
その掲示物にはこう書かれていた。



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2年A組 柊美冬。

左記の者を図書委員長に任命する。

本日17時より拝命授与を行うので、応接室へ来られたし。


風紀委員会 風紀委員長

雲雀 恭弥

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「……どうしてそうなった?」



もちろん、柊の呟きに答える者は誰もいない。

春のうららかな陽光とは裏腹に、絶望的な響きがただただ重く沈んでいく。


目立たずそっと沢田綱吉を監視するという任務の達成は今や遥か彼方。
エベレストよりも高いかもしれない。





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