03-04
突如、図書委員会の委員長に任命するって言われても、である。
この状況、あの「風紀委員会」の腕章をつけた天使の仕業に違いない。
後光が射していた天使のあの表情を思い出しては苦々しい気持ちで教室に帰れば、まるで教室はお通夜状態だった。
クラスメイト達は柊を視認するなり口々に「生きて帰ってこいよ…」「明日、笑顔で会おうね」といった不吉な言葉をかけてくる。
うららかな春の朝にそぐわない、あまりにもどんよりとした空気が充満していた時だった。
「おい転校生!あれはどういうことだァ!」
ガタタン!!とけたたましく教室の扉を開けて登校してきたのは、柊の隣人・笹川了平である。
彼はのしのしと柊に近づいてがしりと柊の両肩を掴むと、がくがくと揺さぶった。
「ひ…っ、い、いや、私も正直寝耳に水です…」
「耳に水が入っただぁ?……そんなのタオルで拭き取れ!!」
「そ、そうじゃない!!私だって解らないってことです!!」
「ヒバリの奴め…!最初に目を付けたのはボクシング部だぞ!!」
笹川は持っていた鞄をバァン!と机にたたきつけると、すぐさま折り返すようにして教室を出て行く。
「……え、どうしたんでしょうか」
「風紀委員会に直談判にでも行ったんじゃない?流石怖いもの知らず…」
柊の呟きに、前の席の女子生徒がそう呻けば、予鈴と共に担任教師が入ってくる。
「席に着けよ〜。あー、ありゃ笹川はもう今日は授業来ねぇな。欠席っと。」
「……?」
はぁ、と出欠簿に書き込む担任の言葉と共に、クラスのほぼ全員が合掌する。
柊は首を傾げたが、担任の言った通り、笹川は帰りのHRになっても姿を見せることはなかった。
*
放課後。
柊は自分の鞄と笹川の鞄を持って、保健室の前に立っていた。
帰りのHRが終了した後、「隣の席のよしみだ。笹川保健室にいるから鞄持って行ってやれ〜」と担任に指名され、彼女はここにいる。
こんこん、と扉をノックするも、誰からも返事はない。
保健医は不在のようで、柊は室内に入り込めば、並んだベッドのうち1区画だけカーテンが閉められていた。
「笹川君?いますか?」
「……転校生か」
やや濁ったような声が返ってきたのを確認した柊は、そろりとカーテンの隙間から身体を潜り込ませる。
すると、狭いベッドに寝ていた笹川の顔は青黒くぼこぼこに腫れていた。
「なにがあったんですか」
「なに、たいしたことはない。少してこずっただけだ」
「いや、完全にやられてるじゃないですか…」
強気の言葉を吐く笹川にさくりと現実を突きつけつつ、柊は笹川の鞄を枕元に置いて、自分は手近な椅子に腰かける。
傷跡は打撲痕が主で、見事なまでに瞼が腫れあがっている。
「雲雀に交渉しようとしたが聞き入れてもらえんかった」
「……?」
「先に勧誘していたのはウチのボクシング部だ。たとえ雲雀とて、それを横からいきなりかっ攫われてはたまらんからな。サシで戦って勝った方がお前に交渉権を得るということになったんだが…生憎こうなってしまった」
ぼそりぼそり、と笹川は呟いた。
いつも咆哮がすさまじい隣人も、今日ばかりは敗戦したとあって大人しい。
雲雀、とはあの掲示に記されていた風紀委員長の名である。
「うちは部員数も正直少ないし、まだまだ弱い。せめてお前には色々と記録だけでもつけてもらえればと思ったんだが、それも無理そうだ。」
はぁ、と彼らしくもなく重いため息が保健室に響く。
午後も4時を過ぎれば夕焼けが窓から差し込んできていた。
茜色の日差しは笹川を慰めるかのように、室内や二人を染めあげていく。
「それで怪我してたら、ボクシング部の練習も出来ないじゃないですか。迂闊すぎです」
「き、極限に耳が痛いぞ……」
「じゃあ、私そろそろ時間なんで応接室いきますね」
風紀委員会に指定された時間は、夕方5時。
まもなく指定の時間まであともう少しである。
柊は椅子から立ち上がって、カーテンをしゃらり、と開けた。
そんな彼女の背中に、笹川は声をかけた。
「転校生」
「はい?」
「お前散々入部拒否はするが、俺がいつも練習に行くとき”いってらっしゃい”って言うだろ。だから俺はお前を誘ったんだ。お前は何とも思ってないかもしれんが、あれはなかなかに、うれしいものだぞ。」
「…」
『俺はこんなことではあきらめんからな転校生!!じゃあ俺はトレーニングに行ってくる!!』
『はいはい、いってらっしゃい』
柊の脳裏にそんなやり取りが過ぎり、ふるりとベッドに振り返った時だった。
ぼこぼこに顔を蒼黒くはらした笹川了平は、つぶれた瞼のままに、にかりと笑って言った。
「お前は冷静だし感情も平坦で一見つまらぬ女だが…なかなかに優しいと思うぞ。柊。」
「……っ」
その瞬間、柊の頬はかあ、と熱くなった。
顔を隠すように慌ててカーテンを引いた柊は、「帰りはどうぞお気をつけて!」と言葉を投げ捨ててその場を後にする。
「鞄、ありがとうな柊」
「お大事に!!」
バシィン!と力いっぱい保健室の扉を閉めた柊は、頬に帯びる熱を感じながら困惑した。
「もう、なんなの…!」
一人ごちながら、柊は鞄の取っ手を握りしめてずんずん歩く。
向かうは、約束の応接室。
ここへ来てから、感情はままならないことばかり。
怒ったり、呆れたり、……ものすごく、嬉しかったり。
ただのデスクワークでは知れない自分の感情に出会ってばかりで、思考の整理が追い付かない。
「私は、任務で来た監視員なのに…」
彼女の心境は変化しはじめていた。
任務にはろくに取り組めていないけれど、でも。
(ちょっとだけ、彼のサポートを……したい……)
そのために彼女が通らなければいけないのは。
応接室、と書かれた扉の前で、柊美冬は立ち止まった。