23-04





戦場に、立ちあがる者がいなくなった。

売上金を死守した沢田綱吉らは、へろへろと力なくその場にへたり込んだ。見渡す限り、男たちの屍が転がっている。いや、実際に死んでいるわけではないのだが、皆一様にピクリとも動かない。完全に気絶していた。


(ひったくり集団とはいえ、やりすぎたかな…いやでもこれは自衛だし…)


むむ、と沢田綱吉は難しい顔をするが、売上金を持って逃げ出したのは目の前のひったくり犯なので、あまり深いことは考えないでおこうと綱吉は首を振った。なにせ、この金は綱吉達にとっては大事な大事な公民館の修繕費だった。これがなければ、また別の形で金を稼がなくてはならなくなるのだ。

視界の端では、風紀委員長の雲雀恭弥が追剥ぎよろしく屍たちの懐を掻っ捌いていた。出るわ出るわの札束や小銭を集める雲雀に、綱吉は苦笑いを浮かべる。盗まれてしまった店主たちには可哀想な話だが、きっとあの金はそのまま風紀委員会のものになるのだろう。そう思えば、やっぱり自分たちのカネを自分たちで死守できたのはよかったと思う。


「ああ〜、なんとかなった〜」
「だな」
「当たり前ッス」


綱吉があげた全力の嘆息に、獄寺と山本がにやりと笑った。
やっぱり、友達って頼りになるな、なんて思いながら綱吉がへらりと笑い返せば、3人の間にはあたたかな空気が流れる。そんな時である。がさり、と森の奥の茂みが音を立てた。

「!」

まだ残党がいるのか、と慌てふためく綱吉を余所に、獄寺と山本は再び臨戦態勢をとった。とはいえ、二人ともすでにボロボロの満身創痍状態である。これ以上の戦闘は出来そうにもなく、3人の頬に冷や汗が滴った。


「誰だ。出て来い」


指に数本のダイナマイトを構えた獄寺は硬い声で投降を促した。山本がバットを構え、綱吉は思わずごくりと唾を飲むと、黒い影はにゅるりと森の奥から姿を現した。


「え、ちょ…!こわ…!!ちょ、若きボンゴレ、俺ですってば!!!」


それは、10年後のランボだった。
拍子抜けした綱吉たち3人に対し、ランボはいきなり臨戦態勢で睨みつけられたとあって、出て来て早々顔を青くした。


「え?!10年後のランボ!?どういうこと!?」


ランボと言えば、戦いに巻き込まれる直前にイーピンの筒子時限超爆によって森に吹っ飛ばされて、戦闘は免れたはずだ。


(いやでも…吹っ飛ばされたランボが、自棄になって10年バズーカを発動させるなんて……すっごくあり得る……)


なんとなく事のいきさつを察した綱吉は顔を引き攣らせた。
一方、綱吉の横にいた山本と獄寺は、びくり、と身体を固くした。その視線は、ランボの腕の中にいる少女に注がれていた。


「え?ど、どうしたの?」
「……っ」


そういえば、この人去年の体育祭の作戦会議で見たな、と綱吉は遠い記憶を思い出した。
弾けるように飛び出したのは、山本だった。

「美冬先輩!?おい、しっかりしろって…!」

抱きかかえられている少女に、山本は声をかける。ぐったりとして気を失っている彼女よりも、山本の顔色の方がよっぽど悪い。一方、獄寺は突っ立ったままで、呆然として少女を見つめていた。


「だ、大丈夫ですよ!変なところに捕まっていた所をたまたま(リボーンが)助けたところです。一応怪我がないかとか(リボーンが)調べましたけど、命に別状はなさそうですよ」


大事な主語を抜いて喋ったランボは、諸々の手柄を自分のものにしながら得意げに述べた。すると、山本はほっとした表情を浮かべ、獄寺も細くため息を吐く。ここにリボーンがいたら、もしくは美冬が目を覚ましていたら、ランボは間違いなく袋叩きにあう運命だっただろうが、そんなことは誰も知る由もない。





「それ」


いつの間にかこちらに近づいてきた雲雀恭弥が、サンタ宜しく大袋を背負いながらこちらに近づいてきた。一歩一歩と雲雀が近づいてくる度に、大袋の中からはジャリジャリと小銭がぶつかる音が聞こえてくる。
それ、とは一体?綱吉だけがきょろきょろとする中、山本と獄寺の顔が険しさを増した。


「僕のなんだけど。返してくれる。」


禍々しい殺気とドスの利いた声だった。
山本と獄寺を通り越し、その殺気はランボに直で注がれ、ランボは「ヒィ」と小さく悲鳴を上げた。



「こ…こっちはもともとそのつもりだよ!!ほら、さっさと受け取ってよ!!」


先程まで山本を相手にしていた余裕はどこへ行ったのやら、ランボは涙目になりながら雲雀に向かって柊の身体を受け渡そうと手を伸ばす。すると、雲雀は小銭の入った大袋をも持っていない、もう片方の肩に柊を俵の如く担ぎあげた。


「あ、ちょっと、女の子なんだから大事に扱…」
「うるさい」
「ぴゃっ!」


女の子には優しく、がモットーのランボが、一応弱弱しいながらも抗議するが、雲雀はそれを一蹴し、ランボは綱吉の後ろに逃げ隠れてしまう。
そうしてじゃりじゃりという音と共に、雲雀が両肩に荷物を載せてくるりと踵を返した時である。山本が、「おい」と雲雀の背に声をかけた。


「…お前に任せて、本当に大丈夫なのかよ」
「どういう意味?」


綱吉には、それはまるで山本が言外に、自分が診る、と言っているような気がした。珍しいことを言うものだ、と山本を見上げると、その表情にはどこか焦りが滲んでいて、綱吉は目を丸くする。雲雀とて、医療の心得は無い。だが、彼のバックには並盛一の巨大病院があるのを綱吉はよくよく知っていた。


「山本、ここは任せた方が良いんじゃないかな」
「…っ」
「なんかあっても、俺達じゃ対処できないよ」


綱吉のド正論に、山本は悔しそうに唇を噛んで、雲雀に担がれる少女を見つめた。だらり、と雲雀の背に垂れ下がる腕に輝く、風紀の二文字が入った赤の腕章は、いかにも彼女が「ヒバリのもの」であることを示しているようで、面白くない。


「……そうだな」


ぐ、と握り込まれた拳に、隠しきれない悔しさが滲む。
異様な雰囲気の一行など全く気にすることもなく、雲雀はそのまま参道のある方面へ戻っていく。力なく担がれる少女の腕や頭が、雲雀が歩くたびにぶらぶらと揺れている。まるで狩猟された獲物と、連れ帰る狩人のようだ、と綱吉は思った。


「なんか大変そうだね、あの人」


ぽつりと呟いた綱吉に、山本も獄寺も、何も答えることはなかった。だが、その顔にはありありと「気にくわない」と書いてあって、綱吉は目を丸くする。すると、綱吉の後ろに隠れたままだったランボがぽそりと言ったのだ。


「若きボンゴレ、だって」


ぼわん!!!!
ランボが喋っている途中で、耳慣れたあの音と共に、あたりに煙が充満する。それは、10年バズーカの効力が切れた合図である。

「あれー?ランボさんなにしてんだっけ?」

緊迫した空気にそぐわない、陽気な声。綱吉が「はいはい、おかえり」とすっかり縮んでしまったもじゃもじゃ毛玉を抱き上げると、ランボがきゃっきゃと声を上げて笑う。すると、張り詰めていた空気は一気に弛緩し、山本と獄寺も気持ちを切り替えてランボを構い倒した。

やがて、吹っ飛んで行ったはずのイーピンが戻ってきて、更にはリボーンに連れられたハルと京子がこちらにやってくる。



沢田綱吉。リボーン。獄寺隼人。山本武。ランボ。イーピン。笹川京子。三浦ハル。
全員が勢ぞろいすると同時に、夜空にはひゅるるる〜…という音がこだまする。あ、はじまりますよ、と三浦ハルが声を上げたのと同時である。


どおおおん!!!


轟音と共に、きらきらと火の粉が夜空を明るく染め上げた。
赤や黄色の大輪が、次々と夜空を彩っていく様は、まさに夏の風物詩と言える。

「たーまやー!」
「たまやですううう!!」

女子二人や子供たちがはしゃぎ、山本や獄寺もなんだかんだと花火を楽しむ横で、沢田綱吉はイマイチ浮かない顔をしながら夜空の花を見上げていた。その様子にいち早く気が付いたリボーンはさっと腰かけると、轟音をBGMに己の生徒に語りかける。


「どーした」
「うーん。いや、なんだろう……何か気になって」
「気になる?」


沢田綱吉は、リボーンに語った。
彼がハルや京子を連れてくる前に起こった出来事を。ランボが連れてきた少女を、雲雀が連れ去って行ったこと。山本も獄寺も、彼女を知っている風だったこと。


「なんか、俺だけ知らないってのも、不思議っていうか……」


山本武と、雲雀恭弥は明らかに彼女を知っていた。獄寺隼人は綱吉の手前、何も言わなかった。だが彼が少女を凝視していたことに、綱吉は気が付いていた。彼女を知らないのは、己だけ。妙な違和感を感じて、綱吉は首を傾げていたのだ。
すると、リボーンはへらりと笑ってこう言った。

「山本も獄寺も、オメーより知り合いの数なんて圧倒的に多いんだからしょうがねーだろ。テメーに友達が少ないことを不思議がってんじゃねーぞ。」
「んなっ!!」

明らかに馬鹿にされた綱吉は、「そりゃそうだけど…!」ともごもごしながら拗ねたように花火を見上げた。すると、京子が「ツナくん、綺麗だね!花火!」と綱吉に笑いかけ、まるでそれまでが嘘かのように綱吉の機嫌は急上昇していく。


「……」

ふ、とリボーンは細いため息を吐いた。
目覚め始めた沢田綱吉の超直感が、彼女の存在に気がついたのだ。

(いよいよ、か)

美冬が、自身のことを知るべきタイミングは刻一刻と近づいていく。



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