22-04


さて。
1回500円を払うと、3回的あてが出来るこちらの屋台。山本は初回から見事なストライクを披露し、現在ボールは2つ残っている状況である。
山本は手元に残った2つのボールのうち、ひとつを柊に手渡した。


「?」
「美冬先輩、投げてみろよ」


その言葉に、柊はヒッと悲鳴を上げて即座にボールを山本に突き返した。あまりの反射的行動に山本が驚いていると、柊はボソボソと情けない声で呟いた。

「……いやだって、無駄になりますし」
「ムダ?」
「わ、私…こういうの下手なので…」

言わせるな、という空気を漂わせる柊の纏う空気はやたらに暗い。何せ体育の成績は筆記試験のお陰でギリギリ2、授業で球技になるとまるで役に立たず顔面でボールを受けるタイプの柊である。最近はすっかり風紀委員に追いかけられることもなくなったが、風紀委員との追いかけっこで逃げ遂せられた回数、0回。

日頃の笹川とのロードワークのお陰で体力はマイナスから0になった程度で、運動神経そのものの改善離されておらず、勿論ボールコントロール能力は皆無のままである。


「この前の体育の時のソフトボールも全然ダメだったし…」
「ま、まあまあ一回投げてみようぜ!な!」


柊が纏う空気があまりに澱んでしまい、地雷を踏みぬいたことを察した山本だが、ここは試しにと柊にボールを握らせる。これだけ必死に自分が苦手なことを暴露しても、山本は譲らない。

嫌な顔を隠すことなく、柊はボールを渾身の力で投げた。が。



ビシィィ!!

「!!!!」



ボールは正面の的から大きく外れ、店主の顔面に大ヒットした。


「ひいっ!」「え!?マジで!?」


柊の中で予想しえた一番最悪の事態が起こった。柊は顔を真っ青にして店主に駆け寄り、山本もまさかの結果に驚き的と店主と柊を忙しなく見比べた。


「お、おじさますみません!!大丈夫……ではありませんね!!」
「お嬢ちゃんは……ノーコンだな……」
「ひいいい申し訳ありません!!!!」


幸いにも子ども用のゴムボールなので、大した威力もなかったため、店主に目立ったケガはないが、柊は涙目で謝り倒す。目に見えて凹んでしまった柊を見た店主は、ギロリと山本を睨む。

ハッと山本がその視線に気が付けば、屋台の店主は『お前、好きな子凹ませて何やってんだバカヤロー』と目で物申してくるではないか。これはいつぞやの正月と全く同じ展開である。


「……あー…えーと、そりゃいきなり投げろって言っても無理だよなー」
「……」

がっくりと肩を落とす柊の横に立って、山本はフォローの言葉を探すも、柊はしょぼくれたままである。困った山本は手にしていた最後のボールを柊に差し出した。


「ボールを離すときにさ、もっとビュンってするといいぜ」
「…びゅん?」
「あとな、背中をこう…ビシッとさ」
「びしっと…???」
「あー…」

あまりにも抽象的すぎるアドバイスに柊はオウム返しを、店主はあちゃあと首を振る。山本は柊にボールを握らせると、その背中を押して的の正面に立たせた。

「ここ立ってみて、」
「は、はい」

そのまま背後から手首を握られた柊は驚くが、山本は気にすることなく柊の手首をかくかくと動かした。

「投げる時はこう、びゅんってな」
「こ、こうですか」

相変わらず言葉は抽象的だが、実際のところ、これはかなり具体的な投球フォームの指導だった。両肩を掴まれ的に正対させられた柊は、手首を握られたまま何度も投げる動作を繰り返させられた。

「あとは背中なー。ビシッとさ、」
「……っひ!」

山本の指が背筋を這えば、くすぐったさで反射的に背筋が伸びる。

「く、くすぐったいです」
「でも伸びただろ、背筋。先輩きっとずっと仕事してるから、背中が丸まって来てるんじゃないですか?」

抗議をするも、ニヤリと笑う山本の言葉に心当たりがあった柊は、意識的にびし!と背筋を伸ばし直す。生まれてこのかた前のめりに読書やパソコンに向かってきたため、柊自身の姿勢は決していいとは言えないことを、彼女自身も薄々分かっていた。


「よっし、これで投げてみろよ」
「……」


不安気な面持ちの柊は、じとりと手元のボールを見る。
すると、山本は後ろから「大丈夫だって」と柊の肩をぽんぽんと叩いた。


「リラックスリラックス」
「わ、わかりました……えいっ」


ええいままよ、と投げたボールは、綺麗な放物線を描いて、的の端っこをギリギリで直撃した。


「おおっ!」「やった!」


山本はガッツポーズを、店主は驚きの余り座っていた椅子からガタンと音を立てて立ち上がる。先程のノーコン具合からすれば、奇跡レベルの修正だった。山本が歓喜の余りバシバシと柊の肩を叩くと、しばし口を開けて呆けていた柊が、はっと正気を取り戻す。


「や、山本君!!当たりました!!」
「だなー!やったな、先輩」
「ううううわああああやったあああ」


生まれてこのかた身体を動かして思い通りに言った試しがない柊は、謎の達成感に見舞われて山本の手をがしりと握り、ブンブンと激しく振った。


「有難うございます有難うございます!!」
「うお、先輩はげしーのな!」


選挙候補者と有権者かのような懇切丁寧な握手と熱意である。興奮を抑えられずキラキラと輝く瞳は、山本がこれまで見てきたちょっと気だるげな空気漂う表情とは雲泥の差だった。

すると、はしゃいでいた二人の目の前に、ずい、と差し出されたのは景品である。

「ほら、お嬢ちゃんやったな」
「うわあああありがとうございます………って、あれ?」
「…あ」

柊の掌におさまった景品は、燕のキーホルダーである。それは先程山本が柊にとってみせたものと、全く同じものである。どうしたものか、と柊が思案していると、手の中の燕は山本の長い指に攫われていく。


「じゃ、これは俺がもーらい」
「え?」
「コーチ代ってことでいいだろ?」


にか、と山本が笑えば、柊は「そんな…なんかもっとこう…野球部部室の改築費とかじゃなくて良いのですか」と斜め上の発言を真顔で宣い、山本は「そんな大したことじゃないっすよ」とゲラゲラ笑った。


「俺は、これ“が”いいんですよ」
「……?そうなんですか?」


山本は掌の燕を転がし、柊が首を傾げる。
その甘ったるい空気に店主が思わずニヤリと笑っていると、いつの間にか神輿を終えたらしい子どもたちがやってきて、屋台は俄ににぎわい始めた。


「ほら、お熱いお二人さんはどっか行きな」
「えーまだあと2回分残ってるだろ!」
「営業の邪魔だ〜また今度な」


店主はしっしっと手を振って唇を尖らせる山本と柊を払い、二人は屋台を後にするのだった。



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