22-03


風紀委員たちが露店を破壊している最中は暇である。ぼうっとしているのが良くなかった。露店主に逆恨みされるわ、山本武に見つかるわで散々だ。柊美冬はずるずると山本に引きずられながらため息を吐いた。
暫くすると山本の足が止まり、柊も歩みを止めた。


「よ、おっちゃん久しぶりー」
「おう武、一丁前に彼女連れか?」
「ちげーよ、学校の先輩」
「ほー…」


やって来たのは、ボールの的あての屋台だった。
ここの屋台はしっかり契約書も読んで事前に場所代を前納してくれていたため、今回の取り立てリストから外れていることを柊は思い出した。万が一徴収後の露店だったりしたら、気まずいことこの上ない。

特段柊は会話に挟まる気もなくきょろきょろしているが、店主と山本はすっかり楽しそうにお喋りをしている。今時間はちょうど神輿が出ているため、店側はどこも暇そうだな、と柊は思っていると、店主は呆れたように山本に弁を垂れる。


「お前よう、女の子連れてる癖に放っとくなんて、エスコートがなってねぇなぁ。彼女暇してんじゃねえか」
「あ、そうだった。ごめんな、美冬先輩」


突然自分に話を振られて柊が慌てて店主を見るも、人の良さそうな店主はにかっと笑うだけ。どこか山本の父親のような空気のある人だな、と思っていると、山本は「先輩ごめんなー」なんて苦笑をしてこちらを見てくる。…が、先程からがしりと掴まれた手首は解放される気配はない。

「お詫びになんか好きなモノ取ります。どれがいいっスか?」
「いや、あの」

にぱ、と笑いかけられるが、そんなことよりこの手首を解放してほしい。すると、目の前の店主は焦ったような声で山本を諫める。

「ほどほどにしてくれよ、お前が本気出したら商売あがったりだからな」
「わーってるって!おっちゃんは心配性だなあ」
「前科モンが何言ってんだ!!」


確かに山本武と言えば、投げたら早いわ打ったら飛ぶわの並盛中野球部大エースである。彼にとっては屋台のボール投げなどキュッとひとひねりするようなものだろう。店主が慄くのも判る。
柊が胡乱気な眼差しで山本を見ていると、全くそんな視線など気にもしない山本が、「で、先輩何が欲しいんスか?」と再び柊に問うてきた。


(これは…何か取ったら解放してくれるってことで良いの…?)


やる気満々の屋台キラーはわくわくしたようなまなざしでこちらを見つめてくる。柊は困りつつも、正面に並ぶ景品の列をじっと品定めする。子供向けのお菓子や玩具ばかりかと思いきや、一等はマウンテンバイクと大人向けの景品も用意されている。特に欲しいものも見つからない中、柊は「じゃあ、あちらを」と、適当に燕のキーホルダーを指さした。


「オッケー。見てろよ」


やっとここで、柊の手首は解放された。財布からお金を払って、店主からボールを手に取った山本は、ニヤリと笑った。獲物を狙う好戦的な瞳が、ギラリと的を見つめる。


(あ)


横で見ていた柊にも伝わる、ぞわぞわとした気配。思えば、修行中のバジルからも、似たような空気が漏れ出でていた。それは、戦いへの高揚だった。バジルは根っからの戦闘オタクだが、山本武もどうやらそのタイプらしい。



(少し、怖い。)



そんなことを思った矢先、振りかぶった山本が風を切り、柊の前髪がふわりと揺れた。




びゅん!!

がしゃん!!





風の音が聞こえ、山本の手から離れたボールは、見事な剛速球で的に当たった。
柊の前髪が揺れ終わるころには全てが終わっていて、気が付いたら景品どころか台全体が傾いている状態である。


「武テメェ!!何やってくれてんだ!!」
「あ…っ……ワリー。つい本気になっちまった」


渋い顔で台を直しにかかる店主に、山本は苦笑いを浮かべる。これでは先日の七夕大会と全く同じ流れである。


「また速度上げやがって…今日は3回までだぞ!」
「えっ!マジかよ!10回くらいやらせてくれよ」
「ダメダメ、うちの店潰す気か!」


それでも3回は投げさせてくれるあたり良心的である。毎回この調子では1回で出禁になってもおかしくない。そのうち、店主の手から山本の手に、燕の形をしたキーホルダーが渡る。

すると、山本は柊に向き合って「ほら」とキーホルダーを手渡した。


「いいんですか?」
「どーぞどーぞ」


柊はまじまじと燕を見つめた。
インディゴブルーに彩られた燕が、柊の手の中でふわりと揺れる。何も考えずに指定したが、自分の手元に来るとなんだか愛着がわいてきて、柊はしばし手の中で燕と遊んだ。


「ふふ…ありがとうございます」


祭りの喧騒に消えそうなほど小さな声だが、柊は山本に礼を伝えた。
柊は手元の燕に夢中になってまったく気が付かなかったが、この時山本武はそれはそれは幸せそうな顔をしていた。(そして店主は青春だな、と生温い目で二人を見ていた。)



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