22-05


「そうだ先輩、俺ンとこの屋台に遊びに来ませんか?」
「屋台…?」

山本名義の屋台など出ていただろうか。柊は記憶の中にある屋台の申請資料を見返すも、そんな記憶は見当たらない。柊がはて、と首を傾げると、山本は先日あった七夕大会のくだりから、事の経緯を説明し始めた。

「…ってわけで、今日はチョコバナナの屋台出してるんだ」
「いやいや、山本君ここにいる場合ではないのでは」
「ダイジョーブだって。バナナ残り一箱だし、それに自分で言うのもなんだけど結構美味いんだ」

自信ありといったふうの山本は、にぱ、と笑いながら柊の手首を再び拘束した。それは柊が「戻ります」と口にしようとする直前のことで、出鼻をくじかれてしまった彼女はじっとりと山本を見上げることしか出来ない。

「……」
「な、行こうぜ!奢るから!」

全く離される気配のない手首に、柊はため息を吐きながら肩を落とす。先程同様、ご相伴に預からないことには解放される術はない、と判断した柊は「わかりました」と力なく答えるのみ。


「やった!」
「もうこれで終わりですからね」


こうなったらしょうがない、と、肩を落とすばかりの柊は気が付かなかった。
山本はすう、と瞳を細めて薄ら笑みを浮かべた。


「あのさ、先輩、」
「今度はなんですか……」


山本の手は手首を離れ、上へと這い上がり、柊の二の腕に触れた。指の先には、風紀の2文字が刺繍された、紅の腕章。


「これ、外しちゃおうぜ」


ぱりり、と乾いた音が響き、腕章のマジックテープがゆっくりと解かれていく。
柊美冬は、彼女の了承を得ることもなく始まった突然の奇行に目を見開いた。


「え、」
「こんなのつけてちゃ、楽しめないだろ。」


せっかくの祭りなんだぜ。山本武はそう言って口許を綻ばせた。

確かに、祭りを行き交う同世代の女子たちは、皆一様に艶やかな浴衣やワンピースを着て、この特別な夜を楽しんでいる。
だが、柊美冬はどうだ。相変わらずの濃紺のセーターに、学校指定のスカートとソックスにローファー。せいぜいいつもと違うところと言えば、風紀の腕章をつけていることくらい。





こんな日に、美冬はやっぱり。




「…っ」




柊美冬は、はっとして山本の手を振り払った。
ぺし、と乾いた音と、「それはだめ」という柊の固い声が響く。
だが、追い縋るように山本の指は柊の二の腕を掴もうとなおも迫った、その時である。




「待てーっ!!」




それは、山本の大事な友達の声であり、柊もよくよく知る人物の声であった。
声が上がった方向を見れば、沢田綱吉が金庫を持った男を追いかけていく様子が見えた。

「…!?」「ツナ!!」

柊も山本も、顔を上げるとすぐに状況を察した。
山本は柊からぱっと手を離すと「悪い先輩、俺ちょっと行ってくる!」と駆け出して、あっという間にその場から消えて行く。
消えた方角は、自らの露店のある方角だ。丸腰の山本は、そのまま綱吉を追わずに一度”得物”を取りに行くことを選んだ。それは確実に戦闘があると見越しての行動だった。



……
………


何か一瞬、色んな事があった。
しばし呆けてしまったが、柊は慌てて懐から携帯電話を取り出した。

「あれが資料にあったひったくりか…」

昨年の夏祭りでも被害が報告されていた、露店を狙ったひったくり。確かに、人気の少ない時間帯で、沢田綱吉が店番をしている店など、狙いやすいにも程がある……かもしれない(いや、多分狙いやすい)。

柊は携帯電話のメモリーを開き、すぐに草壁に連絡を取ろうと番号を検索しはじめた。




(しかし、)



脳裏には先程の山本とのやりとりが浮かび、じわりと柊の背筋を冷たいものが走っていく。

実際には腕章をはぎ取られそうになっただけなのに、まるであのしなやかで長い手指に囚われてしまいそうで、逃げなければ、という妙な恐怖が頭を支配したのだ。彼はへらりと笑っているだけなのに、追ってくる指は明らかにこちらを逃がすつもりなど毛頭ないという意思を感じた。


ふとリボーンが言っていたことを思い出す。


『アイツは狙った獲物は逃がさない』


狙われてしまえば、逃げきることなどかなわない。そんな空気が漂っていた。
なるほどリボーンのいう通り、それは殺し屋に必要な才覚のひとつである。山本武はこの歳にして、十二分に才能に満ちている、らしい。


(彼は遅かれ早かれ、“こちら側”へ来てしまう)


漠然とした確信に、携帯電話のボタンを押す指が止まった。





山本武がいた平和な並盛の日常から、沢田綱吉を取り巻くマフィア蠢く非日常へ。リボーンが作っておいた“道”を、今は興味本位でふらふら歩いている山本だが、きっかけさえあれば、まっすぐにヒットマンへの道を歩むことになるだろう。


「………××××××」


美冬の唇が、自然と音を発した、その時である。











「あれっ?柊さん?」
「はひっ?京子ちゃん。お知合いですか?」

甘やかな羽衣のような声と、鈴のようなころころと元気な声が、柊の耳に飛び込んできた。は、と柊が顔を上げると、そこにいたのは艶やかな浴衣を着た笹川京子と三浦ハルの姿があった。


「…あ、」
「わあ、やっぱり!柊さんもお祭りに来ていたんですね」


ぱたぱたと嬉しそうに駆け寄ってきた笹川了平の妹、京子。そしてその後ろからこちらに興味津々といった風にやってきたのは、三浦ハルだった。沢田綱吉の監視をしていれば、すぐに目に入る少女・三浦ハル。
元気で前向き、京子とはまた違った可愛らしさがあるな、と遠目で見ては常々思ってきた柊だが、こうして彼女本人を目の前にするのは初めてのことだった。


「ハルちゃん。こちら柊美冬さん。並盛中の私の先輩で、お兄ちゃんの同級生なの!」
「先輩でしたか!はじめまして、三浦ハルと言います!京子ちゃんのお友達です」


ご丁寧に90度の美しいお辞儀を見せたハルに、柊は思わずおおっと注目する。背筋がつい緩んでしまいがち、と山本に言われたばかりの柊にとっては、ハルの美しい姿勢は羨ましささえ感じられた。


「はじめまして。柊美冬です。」
「柊さんは今日はおひとりなんですか?」
「ええ、これから風紀委員の仕事に戻るところで…」
「え、こんな日までお仕事なんですか!?」


驚いて飛び上がるハルに、柊は苦笑いを浮かべる。
そうだった、こんな和やかに話している場合ではないのだ。すぐに草壁に連絡を取り、対処をすべきである。場合によっては、雲雀に助勢を頼むべき案件かもしれない。もし相手が複数だった場合、綱吉と山本だけでは心配だ。

募る不安を表情に浮かべないよう気を付けながら、柊は「ではこれで」と踵を返そうとする……が。


「こういう日は、お仕事のこと考えちゃノンノンですよ、美冬さん!」
「えっ?」
「せっかく可愛らしいお顔なのに、勿体ナッシングです!」
「そうですよ」

ハル独特の言い回しに柊が首を傾げると、ハルの横にいた京子もうんうんと一生懸命に頷いている。柊の目の前の女子2名は、はっと顔を見合わせた後、息が合った連係プレイで柊の両腕を抱き込んだ。

「お仕事のことは置いておいて、ハルたちと一緒にレッツ女子会!しませんか!?」
「えっ?」
「わあ〜ハルちゃん素敵!」
「ええ!?」

ぐいぐい来るハルと穏やかに頷く京子。二人のスピード感は全く違うが、何故か馬が合っていて、柊は逃げようがない。困惑した柊に、三浦ハルは微笑んだ。


「夏祭りの日くらい、ハッピーになったって、罰は当たらないと思いますよ?」
「…」
「こんな楽しい夜に、眉間に皺寄せるなんて、ちょっともったいないとハルは思います」


さあ、行きましょ!とハルと京子に両腕をとられてしまえば、逃げ出すこともままならない。結局、草壁に連絡は取れないまま、柊美冬はもどりつつある祭りの喧騒の中に足を踏み入れることになった。



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