21-04


この街には花が咲いていた。
街並みは朝日に照らされ、夜になると闇を纏う。
雨や雪が降ったり、人はイベントに浮かれたり、季節を味わう粋が在る。

並盛に来てから、己の肌で”時間”を感じることが出来るようになった。
書物に書かれていた文字も立派な情報ではあるが、自分で触れたものや感じたことから得られる情報量は、あまりにも多すぎた。


(たぶん、CEDEFにいたら、きっと感じられなかった)


この生活が出来る限り長く続けばいい、なんて儚い想いを抱いたのは、年の初めのことで、帰りたくないと明確に思ったのは桜の季節だ。


悟られるような真似をしたつもりはなかった。だが、自らを「兄貴分」だと自称する目の前の男は、目敏くも核心をついてくる。

(……)

立場上、ここで「はい」とは決して口にできない。それは美冬が所属する場所への裏切りに等しい行為である。だが、真摯なディーノの視線は、既にこちらの内心を見抜いているに違いない。瞳には確信が宿っていた。


「お前が望むなら、俺は力になるぜ」
「…私、まだ何も言ってません」
「えー?そんなの、俺がわからないとでも思うか?」


眉を寄せた美冬に対して、ディーノは明るく笑った。


「だって俺、お前の兄貴分だからさ」
「……っ」


(血のつながりはない。別に契りも交わしてない。あなたは私の兄じゃない。)



ディーノの言葉に、美冬の脳裏には否定の言葉が次々と浮かぶ。

だが、けっして唇はぴくりとも動かない。



「お前が並盛に残りたいなら、俺は協力するぜ」
「……」
「ああ、たとえば、お前がキャバッローネに来るってのはどうだ?」

美冬の身をキャバッローネで引き受けることが出来れば、ディーノの裁量で自由に彼女を外に出すことが出来る。いつでも好きなところへ行って、好きなものを食べることが出来るのだ。

だが、美冬はその言葉を聞いて眉間に深い皺を刻んだ。


「…お言葉は嬉しいですが、それは不可能では」
「無理じゃないだろ、やろうと思えばできる話だ」
「じゃあ、私をCEDEFから引き抜く代わりに、あなたは自分のファミリーから人的補償を出せますか?……出せないでしょ。キャバッローネファミリーは、そんなことしないマフィアです」
「う」


今度はディーノが詰まる番だった。


「我々のファミリーは大変良好な関係を築けています。だからこそ、軽々しく人材交換なんて考えない方が良い。まして、キャバッローネファミリーは温かさと家族感がウリなんですから、ボスが自らその輪を乱すようなことをしてはいけないと思います。」


流石CEDEFで幼い頃から中枢の仕事をしてきたとあって、内容は正論で手厳しいものだ。少し強い口調で窘められてしまえば、ディーノは苦笑いするより他ない。


「…とはいえ、俺はやっぱりお前が楽しそうなところ、もっと見たいんだけど」
「そこに、CEDEFにとっての利はありません」
「CEDEFじゃねえよ、俺は美冬の話をしてるんだ」


繋いでいた手が離される。

え、と思う間もなく、美冬は両肩をがしりと掴まれた。
身体をぐい、とディーノの正面に向けられると、自称兄貴分は、とても真面目に、ちょっとだけ苦しそうな表情で、彼女を見下ろしていた。


憂いた表情と、美しい金の髪がきらきらと月の光の下で輝くさまは、まるで映画に出てくる王子のようだ。


「俺は、マフィア云々の前に、お前が大事なんだよ。こっちに来てお前のカオが明るくなったの知ってるか?俺に遠慮なく文句言うようになったの、気づいてたか?……そうやって、お前が幸せになれるなら俺はなんだってしたいんだ。」
「……」


美冬は呆然と見上げることしかできなかった。
捲し立てるディーノの瞳には、訴えかけてくるような熱が籠っていた。


「お前のいうとおり、すぐには無理だが、きちんと準備してお前のこと迎えに行く!そしたら、またこっちにお前を“留学”でもなんでもさせてやるからさ……!」
「……?」
「俺にだって、ちょっとはお前に兄ちゃんらしいこと、させてくれよ…」


最後の言葉は消え入りそうな小さな声。ディーノの顔も妙に赤く、先程までの熱は一変して、恥ずかしそうなさまに変わっていく。


「…ふ」
「わ、笑うな!俺だってちゃんと真面目に考えてだなあ…」
「いや、すみません…いっつも兄貴分だと自称されてましたけど、そこまで言われちゃうと毒気が抜けると言いますか…」


何とも言えない気持ちが膨らんだディーノは、ふくれっ面のまま美冬の髪をわしわしと乱した。それはいつものやりとりで、美冬はその手から逃げるべく身を捩った。

「俺のこと馬鹿にしてるだろ〜!」
「し、してません!!……って、え!?」
「うおっ!?」

美冬が一歩身を引いた時だった。何をどうしたのか、二人の足はもつれ、二人揃って派手に砂地にダイブしてしまう。

どさぁ!!


「ぐぇっ」
「だ、大丈夫ですか!?」


美冬が慌てて顔を上げると、ディーノは潰れたカエルのようなポーズで美冬の下敷きになっていた。強かに後頭部を撃ったらしく、ややもんどりうっている、その時である。




ざぱああああん!!!





何故かこのタイミングで、勢いよく迫ってきた波が、二人に襲い掛かる。



「え」「あ」



そうして二人は波に飲み込まれた。

幸か不幸か、ディーノの視界からロマーリオの姿は、消えていた。








prev next top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -