21-05





キャバッローネファミリーのボス・ディーノは、取引先の少女を甚く可愛がっていた。
ディーノが蝶よ花よと彼女を愛でるたびに、取引先のボスである沢田家光の笑顔は貼りつけられたように固くなり、ロマーリオはこれまで一体何度肝を冷やしたかわからない。

CEDEFとの取引の際、沢田家光の横には秘書のオレガノが同席することが多かった。だが、時折少女は商談の場に現れては家光の横にちょこんと座ってこちらを伺っていた。そんな時、己のボスは彼女を食い散らすのではないかという勢いで彼女を構い倒し、可愛がって可愛がって、……可愛がりすぎて彼女はすっかり怯えていた。

ディーノに悪意がないことに気づいた彼女が、頑なだった相好を崩してディーノと心を通わせ始めると、ディーノの寵愛は更に勢いを増した。

そんな彼女・美冬が任務のためにCEDEFから単身日本の並盛へ飛んだと知った時、ディーノは彼女の身をこれでもかと心配した。まあ、実際のところ彼女は大層並盛に順応し、年相応の中学生生活を楽しんでいたため、ディーノはすっかり肩を落としていたわけであるが。



己のボスは、身内に甘い。

腹心の部下であるロマーリオは重々承知していた。構成員が怪我をすればディーノは心を痛めるし、犠牲は出来るだけ少なくしようと常に努力をする……彼は、マフィアのボスとしては珍しい、心の優しい男だった。老若男女問わず、シマの人間には愛されているし、彼もまた自分のシマの住人を愛している。ロマーリオだって、そのことを誇りに思っている。

愛に満ち溢れた男なのだ、美冬のことだって心から可愛がったって、不思議はない。

……ないのだが。



(……いやもうこれアウトだろ…)



”妹分だから”

…本人は至って正当な理由を述べているようだが、そもそも二人は兄妹の契りを交わしたこともなければ、所属ファミリーさえも違うし、なんならボスと構成員くらいの身分の差がある。美冬はその点を散々主張しているが、ディーノがそれを聞き入れたためしはない。

ディーノがここまで彼女を構い倒す理由なんて、ロマーリオは一つしか思い浮かばない。

「はああ…勘弁してくれよな」

ロマーリオは海岸線を手をつないで歩く若い二人を見ながら、ため息を吐く。

遠くからでもわかるほどにディーノの視線は妙に熱く、一心に美冬に注がれている。

ただえさえCEDEFの代表が目を光らせているような”至宝”に、わざわざファミリーのボス自らが触れに行くだなんて。出来れば今後の円滑なファミリー同士の関係のためにもやめてほしい……が。

「まあ、アンタがそんな計算で動く人間じゃないってのは、よく知ってるんだけどなあ」

そうぼやいていると、若い二人は砂浜で見つめあった。美冬の肩を掴んでなにやら一生懸命に口説いているディーノを見て、ロマーリオは苦笑いをした。……すると、妙に口寂しくなって、胸ポケットの中の煙草を探すも、箱は空。

「あ、いけね。煙草切れちまったか」

そう独り言ちた彼は、車のサイドボードに予備の煙草を入れていたことを思い出して、何やらいい雰囲気の二人を放って車に戻った。難なくサイドボードから煙草を取り出して駐車場に戻る。彼は用意周到な男だった。予備の煙草を用意しておくことなど訳ないのである。

そうして若い二人の様子でも見ながら一服しようか、と思い煙草を口に加えたところ、目の前で若い二人は波に飲み込まれてしまった。


「なんでそうなった!?」


ツッコむあまり、ぽろり、と煙草は零れ落ちる。

己のボスの習性については重々承知だったが、一日に二度も巻き込まれてしまった美冬はたまったものではないだろう。幸いにも、大波ではなかったため、二人はすぐに波打ち際から這い上がってきた。トラブルに慣れているディーノはからりと笑いながら生還したが、美冬は砂浜に膝をつきながら大きく咳込んでいる。


「あああ〜〜〜目ぇ離したらすぐこれだ……うちのボスは世話焼けるなァ!!」


そう言ってロマーリオは頭をぼりぼりと掻きながら車に戻る。彼はトランクを開けると、その奥から二枚の毛布を取り出した。なにせ、ロマーリオは周到な男だった。車に毛布を積んでおくことくらい造作もないのである。

そうして毛布を抱えたロマーリオは、すっかり濡れ鼠になった二人の元へ、駆け出した。










「げほ…これが海水…鼻に入ると痛いとは聞いていましたがここまでとは」
「わ、悪い…」
「噂に違わぬ塩辛さ…勉強になります…」
「だから悪かったって…」

上記は全て美冬による嫌味である。
ずぶ濡れになった美冬はローファーを脱ぎ、靴下も脱ぎ、ずぶ濡れになったスカートの水気を絞っていた。幸いなことに季節は夏で、気温も温暖なことからすぐにでも風邪をひく危険性はなさそうだが、初めて飲んだ海水の塩辛さに美冬の鼻の奥はツンと痛む。

ディーノは上半身裸になって砂地にのんびりと座っていた。もちろん彼もずぶ濡れで、日本語でいうところの「水も滴るいい男」状態である。ここがイタリア、ディーノのシマだったら鼻血を出して倒れ行く人々で大変なことになっていたが、残念ながら相手は美冬である。サービスとばかりに濡れた髪をかき上げて笑いかけるも、白い目を向けられて終了した。

「……先程の話、途中で終わってしまいましたが、」
「あーそういえば」

水気を切るのを諦めたらしい美冬は、砂が制服に纏わりつくことも厭わず、ディーノの横に体育座りをした。濡れた髪からはぽたぽたと海水が滴り落ちるも、それを拭うタオルはあいにく二人の手元にない。視界の先には、真っ黒な海と、星が瞬く夜空。先程二人に牙をむいたさざ波は、再びざあ…と静かに満ち引きを繰り返していた。


「嬉しかったです。ありがとうございます。」
「おう」
「並盛、好きです。お友達がいて、毎日が楽しくて。朝日は綺麗だし、季節で風の匂いが変わるし。ちょっと変な人もいますけど、まあそれはそれで」


ぽつぽつと、美冬は呟いた。
ややもすれば、波の音に消されてしまいそうな声。聞き逃さぬようにとディーノは黙ってこくりと相槌を打った。


「でも、だからといってそれがCEDEFに帰らない理由にならないのも、わかってます。」
「……」


それはディーノもよくよく承知するところである。
マフィアの世界は、そんなに甘くない。…だから、理由をつけて並盛に来れるよう、ディーノがその身を引き受けようとしたわけだが。すると、美冬はちらりとディーノを見上げた。


「…あの、ディーノさん。ひとつだけわがまま言っても良いですか」
「…?な、なんだ!?」


それは珍しい、美冬からの突然の提案だった。美冬の様子を窺っていたディーノは、出来ることがあればとはちきれんばかりの笑みを浮かべて続きを促した。



ざあああ……



波の音が、小さな美冬の声を、打ち消していく。

だが、ディーノはその言葉を、唇が象った形を見逃さなかった。





「…は?」


「おねがいしますね、”お兄ちゃん”」





美冬は、それはそれは小さく、あたたかく、はにかんだ。

しばしぽかんとしていたディーノが、二の句を告げようとした時である。




「おーいボス、お嬢、大丈夫かあ!?」


背後からロマーリオの声がして二人が振り向くと、ロマーリオは両脇に毛布を抱えてこちらに走り寄ってきた。美冬は固まったままのディーノを置いて腰を上げると、ロマーリオに向かって歩み寄る。

「もう大変でした…やっぱりロマーリオさんに着いてきてもらわないとだめですね」
「すまねぇなお嬢、今日は何から何まで。この借りは必ず返す…」
「じゃあ必要な時にはばっちり利用させていただきますね」

そう喋りながら、美冬はロマーリオから毛布を受け取りふわりと羽織る。すると、ロマーリオの携帯が鳴り、美冬の部屋の修復が終了した旨が告げられた。


「はあ…やっと帰れる…」
「ははは、今日はお嬢もぐっすり眠れるな」
「いえ、親方様に報告を上げてから就寝します」
「お手柔らかにな…頼むぞ……」


ロマーリオが顔を青くしながら美冬に頼み、美冬もわかってますよとため息を吐く。
その旨をぼんやりと見つめていたディーノに、二人は振り返った。




「ボス、どうした?」「考え事ですか?口が開いてますよ」




はっとしたディーノは口許を引き結び、「なんでもねえよ」と砂浜から立ち上がった。







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