20-03


「どうでしょうか?」
「大丈夫だろ」


帽子は彼女の頭のサイズにもぴったりだった。
案の定、彼女の顔はすっかりそのつばに隠されて、表情を伺うことは出来ない。獄寺は満足気に頷き、「じゃーな」と去ろうとすると、その襟首をむんず、と掴まれる。


「ぐぇっ!な、なにすんだ!」
「お金!!払ってないですから!」
「いらねーよ別に」
「だ、ダメです!タダより高いものはありません!!」
「はぁぁ!?」


そう言って彼女は「おねがい」のポーズと共に、「一度ウチにお立ち寄りいただけませんか」と頭を下げる。

「丁度手持ちがありませんが、家に戻ればありますし」
「…だからいらねーって」
「あ、これからお菓子も作る予定なので、よかったら食べていきませんか?」
「別に腹なんて減ってねえよ」
「そこをなんとか…お礼をさせてください…」

彼女がしつこく食い下がって獄寺に頭を下げていた時だった。


ぐうう〜〜〜〜


「…」「…」


なんともタイミングが悪く、獄寺の腹が空腹を告げた。そういえば、今日は朝ご飯を食べたきり、何も口にはしていない。気が付けば昼を食べ損ねていたことに、獄寺もやっと思い至る。

「決まりですね」
「え、ちょ、おい待て!!」

きらん、と彼女の瞳がきらめき、獄寺の手をむんずと掴む。片手に卵などが入ったレジ袋、そしてもう片方の手には獄寺の小さな手を握り、彼女は路地裏から抜け出でた。
相変わらず人混みが多いが、獄寺は先程よりも圧倒的に歩きやすさを感じていた。それは彼の手を引く彼女が、人をうまく避けて、彼を誘導してくれているから。ちょっと情けないような気もするが、ランボやイーピンが困っていたら今度は自分がそうしようと獄寺は密かに誓う。

手を引かれながら、獄寺は彼女を見上げた。彼女は人に顔を見られないように周囲を伺いながら顔を強張らせていたが、時々自分に見上げられていると気づいて、ちょっとだけ顔を綻ばせる様子を見せた。


(……)


風紀委員会の下っ端からも逃げきれない、脚立からも落下する、おまけに人にぶつかってコンタクトを無くす……


(ほんと、どんくさいやつ)


獄寺はしみじみそう思った。
だが何故か、つないだ彼女の手はひんやりとしているのに、何故か自分の手は熱くなる一方だった。


(ほんと、なんなんだ)


なぜ、放っておけないのだろうか。どうして、助けてしまうのか。



「……へんなやつ」
「え?なんか言いました?」
「なんもねーよ」










商店街を抜け、並盛公園を抜け、コンビニを右に曲がってしばらく歩く。そうして獄寺が連れてこられたのは、並盛町の中でも超高級、と呼ばれるマンションだった。


(こいつ…こんなところに住んでんのか…!?)


唖然とする獄寺の内心など知らず、彼女はエントランスを通り、エレベーターに乗る。押したボタンはまさかの最上階である。この超高級マンションの最上階に住める人間など、余程の金持ちである。


(何だコイツお嬢様か!?)


実際のところ、彼女を並盛町に送り込んだ沢田家光が「絶対に安心安全なセキュリティのある部屋」を選んだ結果にしか過ぎないのだが、獄寺は勿論そんなことを知る由もない。
最上階フロアでエレベーターを降りると、獄寺は若干緊張した面持ちで周囲を見渡した。今までそんな空気など一切感じることはなかったが、彼女はいったいどんな豪華な生活をしているのか。

「…?」

だが、招かれて部屋の中に入るも、玄関にあるのは質素な運動靴一足だけだ。
獄寺の姉が好むようなエナメルのパンプスも、シャマルが履くような立派な革靴もそこにはない。


「どうぞあがってください。特にスリッパなども無いんですが…」
「別にいらねーよ」


違和感を覚えながら獄寺は靴を脱ぐ。すると、目線の高さにあった靴箱に立てかけられた写真立てが視界に入る。写真立てはまだ真新しいが、よくよく見ると中の写真は随分色あせてしまっている。そこには、三人の男女と、赤ん坊が写っていた。赤ん坊を抱く女性の瞳は、彼女と同じ、透明な橙色。

「…このちっこいの、お前?」
「そうですよ」

抱かれている赤子を指さして問えば、彼女は頷いた。写真の中の女性は優しそうな顔で、まだ赤ん坊の彼女を抱いている。一緒に映っている男性二人も、なんだか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

写真の中には、圧倒的な「幸せな家族の空気」が漂っている。
そして獄寺は、ふと玄関を見渡して、気が付いてしまった。





ここには、写真の中の空気などひとかけらもない。

あるのは、獄寺の部屋と同じ、孤独のにおいだった。





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