20-02




かれこれ一週間ほど前のことである。
獄寺隼人は、武器チューナーのジャンニ―ニがおかした失敗によって、まんまと子どもの姿になってしまった。

なかなか元の姿に戻ることもかなわず、学校をサボり、沢田家で世話になりっぱなしの日々を送っていた。
なかなか元の姿に戻ることができず、1週間が経過。
その間学校もサボり、沢田家でお世話になりっぱなしの日々を送っていた。

「……獄寺君、なかなか戻らないね」
「ジャンニ―二の野郎!元に戻ったらぶっ飛ばす!!」

その日も獄寺の姿は元に戻らず、彼はがうがうと吠えた。
ジャンニ―ニは「原因は調査中ですがそのうち戻るかと…」と苦しい言い訳をするのみである。獄寺はギリギリと奥歯を噛みしめたが、幾分子どもの姿故、可愛い少年が癇癪を起しているようにしか見えない。

「…ちょっと外に出てきます」
「えっ、大丈夫?」
「……」
「あんまり遠く行っちゃだめだよ?」

自分の醜態をさらし続けるのに我慢ならなかった獄寺に対し、沢田綱吉はランボかイーピンにでもかけるかのような声をあげた。完全に子ども扱いされているのと同義であると感じた獄寺は、歯痒さを感じてムスリとしながら振り返る。

「…俺は、ガキじゃないんで、心配には及びません」
「あ…ごめ…」

しまった、という顔をした綱吉を置いて、獄寺は沢田家を後にした。





宛てもなく彷徨って、獄寺が辿り着いたのは並盛商店街だった。

(くそ…っ!10代目にご心配なんてかけたくないのに…!!)

脳裏に焼き付いているのは、いかにも心配そうな綱吉の顔である。
綱吉を守るのは自分の役目のはずなのに、この1週間、ろくに働きも出来ず、沢田家に世話になりっぱなし。挙句の果てに苛立ちから沢田綱吉に対し噛みつくような真似をしてしまった。

イライラと意気消沈を繰り返しながら、獄寺は商店街の中を彷徨った。
今日は日曜日ということもあってか、商店街は多くの人々で賑わっていた。

(…ガキってマジでアブねぇな)

中学生の体躯だったら普通に闊歩できるこの商店街も、子どもの目線では危険がいっぱいである。つまずきそうな段差に、突然現れる自転車、人込みで塞がれた視界。
普段から綱吉を交えてランボやイーピンといった子供たちとも商店街を歩いているが、彼らは日々この目線で歩いているのだからさぞ大変だろうと思う。


そんなことを考えていると、獄寺は見事に大人とぶつかってしまった。


「いってぇ!!」


軽い子どもの身では、衝撃にあらがうことは出来なかった。ポン、と弾んだ獄寺の身体は、路地裏に跳ね飛ばされ、べし、という衝撃と共に尻もちをつくかたちで着地をした。


「くっそ!誰だ今蹴った奴!!」


おもわず癇癪を起して吠えると、路地裏の奥から女の声が聴こえる。

「大丈夫ですか?」
「てめーにはかんけーねえよ」

気遣わしげな声に、先程の沢田綱吉の顔がフラッシュバックした獄寺は、女の方に振り向くことはせず、立ち上がってぱんぱんと埃を払った。なんとなく、誰かに心配されるのが厭わしいことだと、思ったのだ。
だが、そんな獄寺の思いなど露知らず、女は「えらいね」と、獄寺の頭をそっと撫でたのだ。


触れるな

気を遣うな

そんな目で見るな


寒気にも似た苛立ちが背筋を走る。
女の手を払って、思わず獄寺は振り返った。



「うっせーっつって………」



そして、フリーズした。
目の前にいたのは、日曜日だというのに並盛中の制服を着た女。
獄寺は彼女のことをよく知っていた。
図書室の主で、仕事は出来る癖に鈍くさい、あの女。

だが、いつもの彼女とは明らかに違うパーツがある。


それは、彼女の左の瞳に嵌る、透明な橙。



「お、おまえ」



それはいったいなんだ。

こんなに深くて透明な橙を、獄寺隼人は未だかつて見たことがなかった。
言葉にならずにはくはくと口を開けたり閉じたりしていると、目の前の少女は自分が訝しがっていると思ったのだろう、はっとしたようにこう言うのだ。


「えーと、怪しいものではありません」
「んなのわかってんだよ!!」


そりゃそうだ、お前は小さくなった俺のことなど解らないだろうけれど、こちらはよくよくお前のことを知っている。ただ、絶対に自分のこの状況を彼女には悟られたくはない、と獄寺は思った。こんな格好悪い自分を見られるのは死んでもごめんである。

ここはあくまで他人のふりをするべきだ、そう思った時だった。


「あ、これは生まれつきです。変な色だから、びっくりしちゃいました…よね」


目の前の女は、そうやって苦く笑った。
透明な橙の奥底が悲しく歪んだ獄寺の胸はずき、と疼き、勝手に口がこんなことを口走っていた。


「…別に、それを言うなら、俺だって緑だし」


彼女がその瞳を持つことでどんな悲しみを抱いているのか、それは獄寺には分からない。けれど、何故か、彼女のそういう顔は見たくないと思ったのだ。すると、彼女は何を思ったか今度はにっこり・あっさり宣ったのだ。


「とっても綺麗な色してるね」


獄寺にとっては、この瞳の色、さらにいえば自分の容姿に関しては、いろいろと思うところがあった。手放しで褒められても、ちっとも嬉しくなんかなかった。むしろ、疎ましいとさえ思う。


……はずなのに。


頬が、ぼうぼうと燃えるように熱くなっていく。子どもは代謝がいいからしょうがないとか、そんな理屈じゃない。うるせえよ、と一喝しようとしても、わなわなと唇は震えるだけで、一向に音になることはなかった。

「……っ」

なにも言えずに俯いてしまうと、再び優しい掌が彼の頭をそっと撫でていく。この季節なのにひやりとした感覚に、ぞわぞわと獄寺の肌は粟立ち、これ以上の接触をしてはいけないと、彼女の手を慌てて払った。



いままでに感じたことのない、ふわふわと足のつかない気持ち。
こそばゆいような、なんとも歯痒い感覚に、このままでは蕁麻疹でも出てしまいそうだ、と獄寺は慌ててこの場を離れることにした。が。



「…おまえ、行かないのか?」
「私はコンタクト落としちゃったから、人前に出られなくて…少しここに隠れていようと思います。私の瞳のことは、誰にも言わないでもらえませんか」



彼女の言葉に、ふと獄寺の頭は回転を始める。
普段からこの橙色の瞳を隠して生きてきたらしい彼女は、その橙を晒した状態では外に出られないということだ。獄寺だって、外見のおかげで苦労を重ねてきたのだ。彼女の気持ちもわからなくもない。


見捨てていけばいい。と思った。
色々あるうちに、すっかり獄寺の頭も冷えた。彼は沢田家に戻って、沢田綱吉に頭を下げるべきなのだ。


けれど、口は「…ちょっと待ってろ」と彼の意思とは裏腹に、勝手にそう象った。脚が勝手に、路地裏を離れ、先程見かけた商店に足が向いていく。普段だったら絶対に入れないその店は、女性ものの洋品店である。
店員の女性に声をかけた獄寺は、ひときわ大きなつばの真っ白な帽子を購入した。

「これで足りるだろ」
「あらあらお使いかい?えらいねえ」

女性の衣料品が高いのは知っている。たまたまアルバイト代が入ったばかりで持ち合わせがあった獄寺は、封筒から万札を取り出してレジに出した。まさに子どものおつかい然とした光景に、妙齢の女性店員は思わず顔を綻ばせながらお釣りを渡す。

(…この姿だから出来ることだな)

もし普段の彼が同じことをしようとすれば、怪しい目で見られることに間違いない。今、このときだけはジャンニ―ニの呪いに感謝した獄寺は、店員に値札を切ってもらってそのまま慌てて路地裏に駆けていく。


光の差さないあのうらぶれた路地裏に、彼女を一人にしておくのはなぜか気が引けた。


ざざっと音を立てて走り込めば、果たして彼女はそこにいて、驚いたような顔で獄寺を見下ろしてくる。




「……これでも被ってりゃ、バレないだろ」



これだけつばの広い帽子である。
目深に被れば、彼女の表情はまず伺えない。彼女の瞳を見るならば、自分のような背の低い人間が、彼女を見上げるしか方法はないはずだ。
ぽかんとしていた彼女は、白い帽子を手にして、それはそれは嬉しそうに笑った。



「ありがとうっ」



それは、年相応の、明るい少女の笑みだった。




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