18-02


世間一般は春休みに突入した。
柊美冬は、春という季節の美しさに日々感動を覚えていた。
明るい日差し、息吹く新芽、繁る若葉。冬を越えて生命が立ち上がっていくさまは見ているだけでわくわくする。

なによりも、初めて見る桜の花は美しいの一言に尽きた。

だが、そんな草花を愛でる余裕もなく日々はめまぐるしく過ぎて行く。なんなら日曜日にも関わらず朝から雲雀に呼び出された柊美冬は、今日も今日とて雲雀に仕事を押し付けられた。


「僕は花見に行ってくるから君はそれをやっておいて」
「えええ…」


私もお花見行きたいんですが、という言葉を聞いてもらう間もなく、雲雀はあっさりと応接室を出て行ってしまう。柊の目の前には、まあまあの量の書類が山積みにされていた。
先月の繁忙期に1日だけ仕事を休んでからというもの、雲雀の容赦のなさにはますますの拍車がかかっていた。



「まあ、自業自得ですよねえ」



誰もいない応接室でぽつりと呟いた柊は、大人しく仕事をするべく、まずはキッチンに立ち、薬缶に水を入れて火にかけた。



(もう、1年が経つのか)



柊が並盛町にやってきて1年。
いよいよ数日後に迫った新学期から、柊は3年生に進級する。


(まさか中学3年生になるとは…)


10代目候補が決まるまで、とはいえ、まさか進級することになるとは思わなかった。このまま監視任務が続けばいよいよ来年には高校進学までしなければいけなくなる。だが、並盛高校に行けば沢田綱吉の監視は出来なくなるため、進学は望ましくない。


(うーん、留年するしかないか…?)


留年、といえば、雲雀恭弥は3年生という設定だが、この春別段卒業することもなく新学期以降も風紀委員長として過ごすらしい。本人曰く、『僕はいつでも自分の好きな学年だよ』だそうで。

てっきり彼はこの春卒業し、柊は自由な図書委員会&監視ライフを取り戻せると思っていたのにとんだ誤算である。



「はぁ…この先どうなるんだか」



自分はいつCEDEFに帰れるのだろうか。
だが、戻ったとて、今の生ぬるい世界に身を置いた自分が、使い物になるかはわからない。

それに、気になることもある。
最近ふと湧き出でてくる、”本当にCEDEFに帰りたのか?”という気持ち。


(…帰りたいに、決まってる)


CEDEFには、親代わりの沢田家光や、姉のようなオレガノ、同僚のバジルもいる。
誰も彼女の仕事の邪魔はしないし、無駄に逃げたり走り回る必要もなく、自分のペースで物事を片付けることが出来る。それはなんて幸せなことだろう。

けれど。
アイスを食べながら夏の暑さに汗をかくことも、はふはふ言いながらみんなでおでんを食べることも、冬の寒さに身を縮めることも……花見をすることも、きっとできなくなる。


(………)


沈み込む思考を断ち切ったのは、しゅんしゅん、という薬缶の音だった。
柊は慌ててポットとカップに湯を注ぐと、つものようにディンブラの茶葉をポットに入れて、蓋をする。茶葉を蒸らす間、柊はぼんやりと窓の下を見れば、そこには満開の桜の花が咲き誇っていた。



校門前にある桜の大木は今がまさに見頃だ。



「まあ、今を楽しみましょうか」



これまでの彼女なら考え込んでいた場面だが、早々に思考の切り替えをした彼女は、仕事を終わらせて、校門前の桜の下で花見と決め込むことにした。

カップのお湯を捨ててきゅっきゅと軽くひと拭きすると、緋色の湯をとぽとぽと注ぎ込む。


「よし、やるぞ!」


紅茶を一口飲んでスイッチが入った柊は、山積みになったデスクの上の書類に手を付け始めた。



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