18-01
それは、あっけない敗北だった。
世間一般的には花見日和である。
柊美冬を応接室に呼びつけ、溜まっていた仕事をまんまと押し付けることに成功した雲雀恭弥は、並盛で一番美しいとされるお花見スポットにやって来た。(※幾ら柊に執着しているとはいえ、遠慮なくこき使うのが雲雀流である。)
しかし、花見の場所取りにやって来た沢田綱吉たちと揉めた雲雀は、騒動の最中に「桜クラ病」なる奇病を患う羽目になり、呆気なく膝をついてしまった。桜クラ病は桜が視界に入ると立っていられないほど具合が悪くなる病気だ。
誰かの目の前で倒れたくない、という雲雀恭弥のプライドが、ぎりぎりのところで彼の気をとどめていた。桜を視界に入れないようにしようとするが、あとからあとからひらひらと美しい花弁が彼の視界にちらついてしまう。
痛みだす頭に、その場を去ろうと一歩足を踏み出すが、ぬかるみの中に足を突っ込んだように膝から崩れ落ちそうになった。
(…クソ)
背後では「やりましたね10代目!」という獄寺の声を皮切りに、沢田達が賑やかに騒ぎだす。だが、そんなどんちゃん騒ぎも雲雀の耳には入ってこなかった。
ひらりと舞う薄桃色の花弁が、雲雀の視界を歪めていく。
(あの男、絶対咬み殺す)
後日、雲雀に桜クラ病をお見舞いしてくれたDr.シャマルへの”お礼参り”を心に誓い、雲雀はその場を後にし、根城である並盛中を目指すことにした。
並盛町のあちこちには桜並木が植えられている。
それらは否が応でも雲雀の視界に入り、彼を苦しめた。春に咲く桜を愛でるのは、雲雀恭弥にとって好ましい事柄の一つだった筈なのに、今となっては見たくもない代物になってしまった。
あんなに愛しい並盛の町並みが、己を地に引き倒そうとするモンスターのようだ。
(…ぐ)
それでも命からがら並盛中に戻り、校門をくぐった雲雀だが、目の前には桜の大木があった。花はもちろん、満開だ。
ここを通り抜ければ、校舎の中に入ることが出来るため、この奇病からも解放される。力が入らない身体を引きずって、雲雀は覚束ない足取りながらも、一歩一歩歩みを進める。だが、木に近づけば近づくだけ、ずきずきと頭痛が激しくなっていく。
いつもはどこか誇らしい気持ちで応接室から見下ろしていた桜。今日ばかりは顔を逸らして通り過ぎようとした時だった。
「え、雲雀先輩?」
呼ばれ慣れたその音に、雲雀は不意に顔をあげてしまった。
風が吹いて、満開の桜が、雲雀の目の前でゆらりと踊った。
地面を走った風は、零れ落ちた花びらをも舞い上げ、雲雀の視界は薄いピンク色で包まれる。
衝撃が雲雀の脳を揺らした。
「ぐっ……」
短く呻いた雲雀は、頭を押さえながらどさりとその場に崩れ落ちてしまった。
薄れゆく意識の中、最後に見たのは、「え、ええええええ!?????」と困惑混じりの悲鳴を上げながら駆け寄ってきた、柊美冬の姿だった。