18-03


作業はものの数時間で終了した。
雲雀が書類をすぐに確認できるように、彼のデスクに仕分けした柊は、早々に応接室を後にする。


春休み中とあって、校内はしんと静まり返っていた。
いつも練習をしている野球部やサッカー部も、今日ばかりは休みらしい。廊下を歩いていると、窓から入り込むうららかな春の日差しが眩しくて、なんだかうきうきとしてしまう。窓の外には並盛町の町並みが広がるが、町のあちこちで桜が咲いていることがよく解った。

住宅街の合間合間に可愛らしい薄ピンクの木々がちらほら見えるのは、なんだかかわいい。イタリアでも桜は咲くけれど、異国の地で見る桜はやはり情緒が感じられて柊は思わず目を細める。


軽い足取りで玄関を出た柊は、お目当てである校門前の桜に足を向けた。
明るい気持ちで桜に向かうも、彼女の視界には、校門から雲雀がこちらに向かってくるのが見えた。たしか彼は花見に行ったはずなのに、どうしてここにいるのか。
というか、なんだか具合が悪そうである。


「え、雲雀先輩?」


困惑気味にその名を呼べば、雲雀はこちらに気が付いたようでふい、と柊に顔を向けた。
すると、突如吹いた強風が桜の大木を揺らし、柊と雲雀の目の前に桜吹雪が舞った。

なんて綺麗、と思って……いる場合ではなかった。



どさり、という音と共に、雲雀恭弥がその場に倒れこんでしまったのだ。




「え……?えええええええ!!!!????」




雲雀恭弥が倒れた。
なぜか、そんな日は来ないだろう、と漠然と思っていたのに、その日はあっさりやって来た。
柊が慌てて駆け寄れば、雲雀は完全に気絶しているようで、柊はだらだらと冷や汗をかいた。


桜を見に行ったはずなのに、いったい、なぜそうなった。




(出来れば関わりたくない…)



心の中に本音が過ぎる。

雲雀が膝をつくなど余程のことだ。間違いなく何かしらの面倒ごとに巻き込まれているに違いない。それも、きっと、「ボンゴレ周り」の。
とはいえ、この場に捨て置いたら捨て置いたで、後日手痛い報復を受けるのも目に見える。何せ彼は気を失う直前に、確実に柊と目が合ったからだ。こちらの姿を確認されてしまった以上、何か手立てを打たなければならない。ボンゴレのために死ぬならまだしも、こんなところで意味不明に死にたくはない。



「こ、困った…」



ひとまず、雲雀の両手を引いて引きずろうとするも、細いわりにしっかり筋肉がついている男の身体は、重すぎた。体育の成績はかろうじて2、非力な柊には荷が重すぎる。


「び、びくともしない…!うう、こうなったら…」


柊は地面に腰を下ろすと雲雀をなんとか仰向けに寝かせた。
目立ったケガも、病気の相も見当たらないことから、ひとまず緊急性はないと判断し、携帯電話を取り出す。


「あっ、草壁さんですか?柊です。いつもお世話になっております。実は……」


ワンコールで出たのは、副委員長の草壁だ。電話先で事のあらましを伝えると、草壁は「すぐに向かう」と言って電話を切った。自宅にいるという草壁が到着するまで約20分。そのまま雲雀を転がしておくわけにもいかず、柊は地面に腰を下ろし、雲雀の頭を自分の腿の上にそうっと乗っけた。

さらり、と流れるように美しい雲雀の黒髪を梳く。


「……先輩でも倒れることってあるんですね」


つい先日、自分も”寒いから大丈夫”と過信して風邪を引いた柊だが、雲雀恭弥もそうだったのだろうか。


「過信ってよくないですよ〜」


…というか、雲雀は3月以降常に働きっぱなしである。今日が久々のオフといってもいいくらいだったというのに、この仕打ち。なんだかちょっと可哀想な気も、しなくもない。




見上げた空は、穏やかに晴れていた。

満開の桜の合間から注ぐうららかな光が、ぽかぽかとあたたかい。



「……変な花見」


柊はぽつりと呟くが、答えるものは誰もいない。

返事をしたのはざわりと吹くやわらかな春風と、舞い上がる桜の花びらだった。



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