17-06


柊美冬の住いを知っているパオパオ老師(ことリボーン)の案内で、笹川が到着したのは並盛でも一二を争う高級なマンションだった。エントランスフロアに入るためには鍵が必要とのことで笹川が立ち往生していると、リボーンは操作パネルを(銃を撃ちこむことで)解除(破壊)し、笹川をマンション内に引き入れた。


「さすが老師。鍵の開け方が極限すぎる!!」
「あたりめーだ」


生憎、この場でツッコミが出来る唯一の人材は、完全に気を失っていた。
リボーンと笹川は柊の部屋に上がり込み、早々に彼女をベッドに寝かせることにした。背中からその身体を下ろすと、ますます顔が赤くなっており、熱が上がっていることが察せられた。


「む…症状が悪化してしまったか」
「薬のせいだぞ。明日には治ってるだろ。」



少し出てくると言い残し、ふらりとどこかへ行ってしまったリボーンをよそに、笹川はベッドサイドに腰を下ろした。
頬を染め、浅い息を繰り返す柊の額には、汗がにじんでいた。
汗で張り付いた前髪をそっとかき分けて、笹川了平は苦い表情を浮かべた。



「いつも、すまん」



愛らしい妹・京子とは、また違った妹のような存在。

それが笹川了平にとっての、柊美冬である。





柊美冬はいつも必死だ。

何に必死になっているかと言えば、大体いつも誰かのために必死なのだ。



取り潰しの危機にあった図書委員会のため。

何故か振り回されている風紀委員会のため。

廃部寸前だったボクシング部と、試合出場を目指す自分のため。



誰かのために一生懸命な彼女を自分は好ましく思うし、また彼らのクラスメイト達もいたく評価している。



(だがお前は気づいていないんだ)



自分が誰かのことに必死になっていることに、柊美冬は気づいていない。

むしろ面の皮を厚くして、自分の心まで遠ざけている節さえある。




「……もっと自分を大事にしろ」




いつも彼女は、人のことを優先してしまう。
クラスメイト達は「そこまでやらなくてもいいのに」と、口々に言った。こと、風紀委員会に関してはそこまでやらなくてもいいと、笹川も思う。だが、彼女にとってはおそらく風紀委員会も、図書委員会も、そして己の補佐も、きっと等しく大事なのだろう。

こんなボロボロになっても、雲雀の手伝いをやめようとしない。
それどころか、明日の朝練のことまで考えている。


(だが、図書委員長でマネージャーで雲雀の補佐をやってるお前のことを、お前が大事にしないで、誰が大事にするんだ)



それは、何度も口にしようとしては失敗してきたことばである。
今日こそ言ってやろうと思ったが、いざ言葉にしようとしても、口をもごもごさせることしか出来ず、うまく形にすることさえままならない。

笹川了平は、己の口下手さを呪った。
だが、やっぱりこんなしみったれた説教などできればしたくない。だから今日も結局こう言うしかない。



「たわけが」



こつ、と拳で彼女の額を小突けば、柊は「うーん」と唸るのみ。
















「そろそろ行くぞ。日も暮れる。」
「ああ」


リボーンがどこからか戻ってきて、笹川に帰るよう促した。
最後にさらり、と柊の髪を一撫でした笹川は、ベッドから腰を上げて、その部屋の扉を閉めた。
















まるで、うららかな春の日差しのような背中だった。

寄り添っているだけで気持ちよくて、ついついうたたねをしてしまう。



(ああ、やっぱり)



夢の中で、柊美冬は思った。




(やっぱり、×××××××××××××)




それが、彼女の願いなのか、はたまたお告げなのかは、誰も知る由はない。




















「………ん」



瞼を開ければ闇の中だった。
チクタクと時計の針の音が聞こえ、痛む節々に内心悲鳴を上げながらかけ時計を見上げれば、時刻は夜8時を回っている。
Dr.シャマルの薬のお陰だろうか、先程より頭は随分とスッキリしていた。



(ここ、私の部屋…か…)



最後の記憶は笹川の背中の上で、去って行く雲雀の背中を見つめていたときのこと。美冬は、笹川とリボーンに連れられて、この部屋で寝かせてもらえたということか。



(……ん?つまり、この部屋に笹川君が入った……!?)




先程よりよほど軽くなった身体で、慌てて飛び起きた美冬は、自室を見回した。
机の上に出しっぱなしになっていたCEDEFに送付する資料はごっそり机の中に仕舞われ、常に起動させていたPCの電源も落とされていた。

何故リボーンは珍しく沢田綱吉から離れて自分についてくるのか。
美冬は訝し気に思っていたが、問いへの答えは容易に見つかった。


「今度お礼せねば…」


うっかり自分の正体を露呈してしまうところだった。関係者に自宅に踏み込まれる危険性を認知した美冬は、己の不甲斐なさと今後の対策をしみじみ考えた。

資料はペーパーレスで、なるべく物理的な証拠を残さず、家の中は一般家庭を装うようにした方が良いだろう。そう思うと、先日ディーノから送られてきた高級家具一式はなかなか良いチョイスだったかもしれない。なにせ、家具のない家なんて、「任務のために一時的に借りている家」と思われても仕方ないのである。



(…うう、まさに何から何まで自業自得ですね)



汗でびしょびしょになった制服を脱ぎ着替えた美冬は、洗面所へ向かう際に玄関の靴箱に立てかけていた写真立てが伏せられていたことに気が付いた。


「リボーンさん、気が利きすぎ」


美冬は、苦笑して写真立てを元の位置に戻す。
そこにはいつもの3人の大人と、橙色の瞳の赤ん坊の写真がおさまっていた。

――橙色の瞳のことは、誰にも知られないように。

写真にうつるひとり、沢田家光は常々美冬にそう言っていた。
リボーンはきっとそのことを知っていたのだろう、彼女が橙色の瞳を持っていることを悟られないよう、わざわざ写真を伏せるという細かな気配りまで見せてきた。


「……女の子にモテるってほんとうかもしれないな」


そんな気の遣い方が出来る男子なんて、少なくとも並盛中の男子生徒にはいないから。くすり、と笑った美冬は、乾いた喉を潤すべく、洗面台へ向かった。









柊美冬は、何も、知らない。




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