17-02
トレーニングを終えて帰宅した柊は、制服に着替え、朝食をとり、改めて家を出た。
いつもどおり、綱吉が来る前に登校して、図書室に向かう。
綱吉が登校するまでは昨夜の仕事の続きを行い、綱吉が来たらその様子を確認する。
(……いつもどおり問題はなし、と。)
一日は順調に過ぎていった。
1時間目の数学は、先生に当てられても爆睡し続ける笹川を起こし、2時間目の国語と3時間目の社会はいつも通り授業を聞かずにこそこそ仕事をしていた。4時間目の体育は苦手な球技だったのでいつも以上にどんくささが増して、クラスメイト達に多大なる迷惑をかけた(みんな笑って許してくれたが本当に申し訳ない)。
昼休みもいつも通り、図書室でカウンター業務をしながらグラウンドで遊ぶ綱吉・獄寺・山本の姿を眺めていた。しばらくすると雲雀の逆鱗に触れたのか、綱吉たちは雲雀と死の追いかけっこを始めてしまい、ついつい笑ってしまった。
そして、5時間目が始まる直前。
次は移動教室。
柊はクラスメイト達と一緒に、理科室へ向かうべく、階段をのぼっていた。
が、ふとクラスメイトの声が遠くなった。
(ん?)
ふわり、と足下が溶けてなくなってしまったような、不思議な感覚に陥る。
続いて、遠くから、女子たちの悲鳴が聞こえてきた。
さっきまで一緒に歩いていたのに、彼女たちの顔がどんどん遠ざかっていく。
(これは、どういう現象?)
それは一瞬の出来事だったし、先日もあった感覚だ。
(あ、落ちてる)
認識すると同時に、どさっという音と共に背中に衝撃を受ける。
「ううっ…」
柊が痛みに呻いていると、階上にいた女子生徒たちが慌ててこちらに駆け寄ってくるのが視界に入る。みな青い顔をしてこちらを不安そうに見下ろしてきたので、柊はついつい(みんな具合悪いのだろうか)と的外れなことを考えてしまった。
すると、柊の頭上から、聞きなれた声の持ち主の、聴きなれない強張ったような声が聴こえてきた。
「何をやってるのだ、お前は」
「………私もさっぱり」
どこか怒ったような笹川に、自分が階段から落ちたこと、そしてそれを助けてくれたのは笹川了平だということに柊は思い当たった。思えば頭の下は地面にしては柔らかく、笹川了平に膝枕をしてもらっている状態だった。
なぜ、自分はうっかり落下したのか。
柊は頭にはてなマークを浮かべるが、まったくわからない。
しかし周囲の女子生徒はわあわあ何事かを言い、笹川がじっと自分を見下ろしてくるのを、柊はただただ見つめ返すことしか出来なかった。
「……保健室行くぞ」
「?」
柊はまだ己の身に何が起きているのかわからなかった。
笹川了平は彼女の身体を抱え直し、横抱きにすると「保健室に行ってくる」と言い残して、1階へと階段をゆっくり降りていく。なぜ自分は運ばれているのか、柊は「あの」と言葉を発したが、笹川はらしくもなく眉を顰め「お前は寝てろ」とだけ呟くのみ。
ゆらり、ゆらりと揺られるうちに、急な眠気が柊を襲った。
(あれ?)
視界が歪み、暗くなり、最後に柊が見たものは、笹川のシャツの第2ボタンだった。
一方、クラスメイト達は、柊と笹川が落としていった理科の教科書とノート、筆記用具を拾いながら、二人を見送った。軽々と柊を抱き上げ、颯爽と保健室に向かう姿に、女子生徒達はほぅ…とため息を吐く。
「ああいう時の笹川は格好いいよねえ」
「ああいう時はねぇ…」
女子たちは、とても辛辣だった。