17-03
「典型的な風邪だな」
保健室でDr.シャマルが下した結論は、単純明快だった。
「安静にして、栄養取ってりゃなおるから安心しろ」
「そうか…」
真っ白なベッドの上ですやすやと眠る彼女の頬は赤い。
朝のトレーニング時、柊がやけに薄着だったのが気にかかった笹川は、さっさと練習を切り上げなければ彼女が風邪をひくと考えた。だが、一歩遅かったようだ。
先程階段から落ちた時、彼女は自分の身に何が起こったのかも分からないようだった。
いつもあんなに鋭い女が、無防備でぼんやりした様を見せるのは、初めてのことである。
「どうせ今日はあと2時間で終わりだ。帰りまで寝かせてやれ」
「…そうだな」
シャマルの言葉に笹川は神妙に頷く。するとシャマルは「じゃあ男はさっさと戻れ」と笹川を保健室からつまみ出した。最近来たばかりの女好きだというこの保健医は、男にはそれはそれは手厳しいことで有名である。
「柊を頼むぞ」
「わーってるって」
なんとなく胡散臭いものを見るような視線を送りつつ、笹川了平は保健室をあとにする。その背中を見たシャマルは、「暑苦しー奴だねぇ」と肩をすくめた。それは独り言のつもりだったが、「だが、それがあいつのいいところだ」と何処からともなく返事が聞こえてきた。
「?!」
シャマルが驚いて周囲を見渡すと、棚の上に置いてあった救急箱がもぞもぞと動き、すぽん!と手足、そしてボルサリーノを被った黒い頭が生えた。
「うおっ?!」
それは、ボンゴレ10代目のお目付け役兼家庭教師を務めている、最強の殺し屋・リボーンだった。その異様な姿にシャマルは思わずげんなりと呟く。
「お前、なんてところからなんて格好で登場だよ…」
「俺はどこにでもいてどこにもいない…いわば妖精のような存在だからな。気にするな。」
「どーせ妖精ならかわいこちゃんにしてくれや」
棚の上で見事な救急箱コスプレを披露したリボーンに悪態をついたシャマルは、ベッドの上ですやすやと眠る柊を見下ろした。
「これが例のCEDEFの隠し弾か。こんな形でご対面とはな。」
シャマルもまた、裏社会を生きる人間である。
CEDEFが並盛中に監視者を潜り込ませているという情報は前々から耳にしていたし、それが女子生徒の中にいることも、彼は知っていた。だが、同時にそれが“ヤバい案件”であることも耳にしていたシャマルは積極的に干渉をすることはしてこなかった。触らぬ神に祟りなし、である。
リボーンが現れたということは、彼女が”曰く付き”の監視者であることは間違いないだろう。
「しかし、将来性はばっちりだな…。このまま清純派として育てても良いが、ビアンキのような方向性で育てるのも悪くない…う〜ん、夢が膨らむねぇ〜…」
鼻の穴を広げながらシャマルは柊の肢体をまじまじと見下ろした。
その瞬間、熱のせいか、はたまたシャマルの邪念を感じ取ったのか、柊は眉間に皺をよせ、「うう」と呻く。
「かわいそうになぁ…どれ、楽にしてやろう」
シャマルが鼻の下を伸ばしながら、柊の頬をするりと撫でようとした瞬間。
チャキリ、と銃を構える音が保健室に響く。
「そいつに指一本でも触れてみろ、お前の命はねーぞ」
それは最強の殺し屋の、静かな声。
救急箱に扮してはいるが、その目つきは本気と書いてマジだった。屠る気満々のリボーンに寒気を覚えたシャマルは顔を引き攣らせた。
「触らねーと診れねーだろうが」
「知るか、今度余計なことしてみろ、次はそのどてっ腹に穴開けんぞ」
「おいおいおい容赦ねぇなァ…」
シャマルはぶつくさ言いながらもしっかり触診し、とりたてて異状がないことを確認していく。額、頬、首筋…その手は一瞬、ぴくりと引き攣るような動きを見せたのをリボーンは見逃さなかった。
「どうした?」
「いんや。なんでもねー」
触診を終えた彼は棚から薬瓶を取り出し、サイドテーブルに瓶を置いた。
「ま、起きたら飲ませてやれ、俺は手を引く。……こんな娘に関わったら、命がいくつあっても足りねーや」
そうしてシャマルは肩をすくめながら、ベッドはおろか保健室までも去って行く。
「………」
ばたん、と閉められた保健室の扉。
残されたのは、リボーンと柊二人だけ。
周囲から人の気配が消えたことを悟ったリボーンは、着ていた救急箱を脱ぎ捨て、そのまま棚から飛び降り、柊のベッドサイドにある丸椅子に座る。
「……んん」
苦しそうに寝返りを打つ柊を、リボーンは黙って見つめた。