16-05


それは、バジルが迎えた初めてのミモザの日のことだ。
CEDEFに来て数か月の幼いバジルは、春の日の光を存分に背負いながら、女性職員たちに懸命に花を配り歩いた。
バジルが花を差し出せば、どんな女性職員もにこりと笑ってくれた。
家光から与えられた特別任務は、それまでのものとは違って誰もが喜んでくれるため、バジルは大変気をよくしていた。


しかし、最後に一輪のミモザが籠に残る。



それは、経理部でいつもパソコンとにらめっこしている少女、美冬の分であった。
中庭で邂逅はしたからこそバジルにはわかる。幼いくせにリアリストで鉄仮面の少女は、ミモザを渡したとして、どんな反応を示すのだろうか。



予想@『花を飾ったところで、仕事の効率化が図れるわけではありませんから遠慮します。』

予想A『その花は私よりあなたの方がお似合いですよ』

予想B『その花もCEDEFの予算から出ていますので、私の分は花屋に返してもらって少しでも財源の確保を』



どれも所謂”塩対応”だ。
ありえなくはない。なんたって、あの美冬なのだ。

先日も、二日酔いで出勤してきた家光のデスクの中から容赦なく日本酒のビンを持ち出し、中身を捨てた少女である。家光はなかなか手に入らない日本酒をちびちびとデスクから取り出しては呑むことを楽しみにしていたのに、彼女は無慈悲だった。涙を流して抗議する代表に、彼女は表情一つ替えることなく「二日酔いなんていい大人がやることじゃありませんよ」と無碍もなく言い放ったのはもはや伝説である。


邂逅したからこそ想像できる拒絶に、バジルは胸の中にもやもやを抱える羽目になった。だが、未就学児とて立派なレディだ。渡すものは渡さねばならない。


(これは任務の一環ですから…!)


己に気合を入れ直して花かごをぎゅうと握り、経理室に向かう。
案の定PC画面に釘付けになっていた美冬に、バジルはそっと一輪の花を差し出した。


『…?』
『あの、今日はミモザの日なので、えっと』


PC画面から視線を逸らし、美冬の橙の瞳がバジルを貫く。
刺さるのではないかというほどに真っ直ぐな彼女の視線に晒されるのは、まるで丸裸にされるみたいでバジルはいつも苦手だった。



すると。
何を思ったのか、彼女はこう言ったのだ。





『ミモザの花は、バジルみたいですね。あったかい色してる。』
『え』






ごくごくわずかに、くすぐったそうに彼女は笑った。

いつもまっすぐで透明な橙に、仄かにともったあたたかな光。いつも冷静でちょっと厳しい彼女が初めて見せたあたたかさに、バジルは『え、あ、え』と慌てるより他なかった。





今となっては、懐かしい、大事な思い出だ。






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