16-04


「バジルは美冬のことが好きなんじゃないの?」

「勿論です。美冬は幼馴染で同僚で、姉であり妹ですから。」

「……本当に、それだけかしら」



オレガノは、くすくすと笑った。懐から手帳を取り出した彼女は、ぱらぱらと頁をめくると、ひらりと1枚の写真をバジルの目の前に差し出した。


「…!?」


そこに写るものを見て、バジルは目を見開いた。
反射的に、花瓶を持っていない手が写真を奪い取ろうとするも、呆気なくオレガノによってぱしりと払われてしまう。


それは、ずっと、見ないふりをしていたものだ。




「え、あの、オレガノ!いつの間に…!!」
「…本当に、”それ”だけなの?」
「…っ」


バジルの狼狽などお構いなしに、オレガノの問いは依然として重い。切れ長の瞳は、表情一つ変えることなく、バジルに再び問うのだ。



バジルにとって美冬が幼馴染で同僚で、姉であり妹であることに違いはない。

そうやって、口では何とでも言えた。

けれど、オレガノの手にする写真に写りこんだ彼は、そうではなかった。










それは、1年前。別れの日。


何も言わず、勝手に長期任務を決めて日本に行くと言った彼女に、バジルは腹を立てた。本来なら彼が腹を立てる所以など、ひとつもない。
ただ、いつも自分を迎え、共に過ごし、分かち合ってきた彼女が、自分に何の相談もせず、それどころか隠すような真似をして旅立ちを決めたことが、淋しかったのだ。


しかし、彼女が淋しさを我慢しつつ、自分に心配をかけないためにこっそり出て行こうとしたことを知ったバジルは、言いようのない気持ちに苛まれることになった。



ろくに街に出たこともない美冬を外に放り出すなんて。

この辛辣な少女が、目立たず周囲に溶け込む潜入活動なんて出来るわけがない。

なによりも、美冬に何かあった時に駆けつけることが、出来ないなんて。



(……苦しい)



いつか感じた胸の痛みは気のせいじゃなかった。
明確にじくじくと波打つ胸の痛みを感じながら、身体中を熱がのたうち回る。
衝動のままに、バジルは美冬の眦に口づければ、美冬は驚いてその透明な橙をぎゅうと瞑った。




(手放したくない)




駆け巡った熱の名は、独占欲だった。











写真におさめられていたのは、あの一瞬の口づけだ。

美冬はすっかり瞳を閉じてしまっているが、バジルの瞳は彼女をしっかりと捕えていた。蒼の瞳に灯った欲が見事に写し込まれており、それはバジルが美冬のことを同僚とも幼馴染とも、まして姉や妹とも思っていないことがありありとわかる、そんな1枚だった。



「お節介なのは判ってるけど、あなたもう、ホントは自分で気が付いてるんじゃないの?」
「…っ」



はくはくと開いたり閉じたりを繰り返す口は、どんどんと乾いていく。

声なんて出るはずもない。



美冬。

昔からずっと一緒にいる幼馴染だった。
彼女が出来ないことを自分がやって、自分がしでかしたことをフォローしてくれる良き同僚だった。
小言を言う姿は姉のようで、出迎えてくれる様子は妹のようだった。
彼女が愛しいのは間違いない。家族のようなものだから。


けれど。

いつから、それだけじゃなくなったのか、もうバジル自身もわからない。
彼女がディーノに蝶よ花よといいように愛でられては疲弊する様を見ていると、なんとも言えない気持ちになったし、彼女が密かに会いたい人がいるという事実は忘れたくても忘れられないほどの衝撃となって記憶に残っている。


明確に己の中の熱に気が付いたのは、別れの日だった。
だが、悟ったことは全て、直後の緊急招集と戦闘で有耶無耶にして、見ないふりを続けてきた。

ただでさえ見ないふりをしていても溢れ出てしまうのに、気づきたくなどなかった。



(美冬のことを、好き、だなんて)



けれど、オレガノは赦してはくれなかった。
バジルにその気持ちを抱えろと、促してきた。




「もう、観念なさいな」

「……っ」




思考回路は、焼き切れていく。
頬はおろか耳から首まで燃えるように熱い。バジルはどんな表情を作るべきかわからずに、ぽふりと抱えていたミモザに顔を埋めてしまった。
その様子を見たオレガノはバジルが観念したと悟り、くすくすと笑った。



「あなたたちはちょっと、近くにいすぎたのよ。だから気づくのが遅れただけだと思うわ。」
「うぅ…」
「そのこと自体を咎めてるんじゃないの。ただ、気づいて欲しかったの。私も親方様も。」
「……え?」



――なぜ、親方様まで?
違和感を感じて顔を上げたバジルに対し、オレガノは静かに嗤うと、バジルを通り越し、さらに奥へと視線を送った。


「……ねえ、親方様?そろそろバジルに話してもいいんじゃないですか?」


バジルの背後にいたのは、沢田家光だった。
出先から戻ってきたのであろうスーツ姿の彼は、「お前も散々小言垂れてた割に短気だよなぁ」とオレガノに笑いかける。だが、家光の様子とは打って変わって、オレガノは眉間に皺を寄せた。


「もう猶予がないって仰ったのはどこのどなたですか」
「ま、俺だな!」


からりと笑ったのちに、沢田家光は「バジルよ、話がある」とのたまった。
その口調は、決して明るいものではなく、良い話ではないことはすぐに察せられた。
顔の熱は瞬時に冷め、バジルはオレガノと家光が纏う不穏な空気に眉をひそめた。




「ま、ちょっくら俺の部屋で話そうや。これから話すのは、ボンゴレの未来を左右する重要な機密事項だからな。」




沢田家光は、バジルが持っていた花瓶をひょい、と取り上げて歩き出した。
オレガノは「では私は紅茶を淹れましょう」と給湯室へ引き返し、バジルは沢田家光の後につき、代表執務室へ向かった。





そうしてバジルは、”ほんとうのこと”を知ることになる。






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