廿肆ノ参




始業式は早々に終わり、2時間目からは早速数学である。
授業が始まるなり、彼女の隣人はさっそくいつもどおりに、がーがーと寝息……もとい、いびきをかきはじめた。

教師もいつものこと、と諦めて、もはや注意をすることもない。
教室には教師の声と笹川のいびきの2重奏が響き、柊美冬の日常が再開した。


窓際の柊の席からは、グラウンドが良く見える。ぼんやりと視線を外に向けていると、視界に飛び込んできたのは沢田綱吉や山本武の姿である。2年A組は2時間目から体育らしい。運動着に着替えた一同が、長距離走に勤しんでいる。

(……こうして見るのも久しぶりだなぁ)

本来的には沢田綱吉をこうして見張ることが仕事だった筈だが、夏休みを挟んでしまったことですっかりご無沙汰になっていた。沢田綱吉は相変わらず集団の最後尾を走っていた。去年までの彼なら不貞腐れて足を止めてしまうところだが、今の彼はどんなに疲労していても足を止めることはない。


(頑張れ、綱吉君)


なお、先頭集団では山本が快走を続け、獄寺に至ってはそもそも姿がない。いつもどおりの2年A組の様子に、柊はついついクスリと笑みを零してしまった。




昼休み。
柊美冬は図書室に足を運んだ。
昼休みの当番ではないものの、これから先暫くCEDEFの仕事……と、笹川の朝練を優先する以上、図書委員会と風紀委員会の仕事は休まなければ身体がもちそうにない。昼休みの当番に来ていた副委員長に、家(?)の事情で数日この場を空ける旨を伝えてると、彼は快く承諾をしてくれた。


「大丈夫です。任せてください。」
「本当に助かります。申し訳ないです。」
「いやあ、委員長は前から風紀委員会と掛け持ちされてましたし、慣れてますんで」
「……ははは…」


まったくもって有難くない慣れである。

せめてものお詫びに、と柊は返却本を元の位置に戻す手伝いをすることにした。夏休みの長期貸し出しから返ってきた本は、カウンター内にあふれかえっており、他の委員達と協力しながら、柊はてきぱきと整理作業を行っていた、その時だ。
開けっ放しにしていた窓から、「ぎゃあ」と悲鳴が聞こえたのだ。

「…?」

柊は手を止め、そっと窓の下を見下ろした。
そこには、屈強そうな男に囲まれたよくよく見知った少年がいた。少年は校舎の壁に追いやられ、体操服の胸倉を掴まれている。完全に震えあがっている様は、いつも通りといえば、いつも通りだった。

「沢田ぁ〜、始業式だぞ?金くらい持ってんだろ」
「も、持ってません!!ないですって、ほら!!」
「は?……300円だけかよ!嘘つけ、どっかに隠してんじゃねーの?」

男達は寄って集って沢田綱吉を強請っていた。
どうやら、彼は体育の授業から戻る際に捕まってしまったらしい。沢田は未だ体操服のままで、小銭入れを差し出すもまったく相手にされていない。柊はきょろきょろと周囲のグラウンドを見渡すが、残念ながら獄寺や山本の姿は見当たらなかった。


「だいたいテメー、夏休み中は色々やってくれたらしいじゃねーか!」


沢田綱吉は首を締め上げられたあと、男たちから強烈な一発を喰らった。バキ、という音ののち、沢田綱吉は校舎に身体をしたたかに打ちつけた。
どうやら、沢田をつるし上げている男たちは海や夏祭りの件の関係者らしい。この夏休み、本人の意思とは裏腹に、沢田は随分暴れてしまった。あの時は雲雀恭弥も大暴れしたが、さすがに雲雀に絡んでいくのは死にに行くようなものだと判断したらしい。彼らは沢田綱吉でうっぷん晴らしをしよう、というのだ。


(…成程、理にかなっていますね)


報復行動はマフィア同士でもよくある話である。
目には目を、歯には歯を。
排除には排除、暴力には暴力を。
行動理論はわかる。だが。


「……」


柊美冬は、その時たまたま手にしていたハードカバーの返却本を、ぽろり、と窓の外に手放した。それは重力に従い、加速して落下し―――……沢田綱吉の後頭部に、垂直に、直撃した。


「ぎゃっ!!!!」
「!?」「な、なんだ?!」



沢田綱吉は衝撃の余り白目を剥いて気絶する。
男達も突如降り注いだ災厄に、慌てて沢田綱吉から距離を取った。きょろきょろと周囲を見渡し、やがて柊美冬の姿を見つけた男たちは吠えた。


「て、てめぇ!!!危ねぇだろうが!!!」

「すみません、うっかり手が滑ってしまいました」

「コイツ伸びちまったじゃねーか!どうしてくれるんだこの女(アマ)ァ!!」


まるで仲間(沢田綱吉)が討ち取られた責任を取れ、とでもいうように、男たちは図書室から身を乗り出した柊に怒号を浴びせた。だが、そのうちの一人が何かに気づいたのか「おい、あれ…」と柊を指さした。やがて、ひそひそと喋りあった男たちは「クソ、覚えてろ!!」と吠え面をかいて、走り去っていく。



「……いやあ、私も有名になったものですね」



柊はひとりポツリと呟いた。
そう、夏祭りの一連の事件を通して、柊もまた「恐るべき風紀委員会の一員」としてすっかり顔が知れてしまったのだ。目立たず任務をこなすことなどもう出来ず、こうして図書委員会の腕章をつけていても、「あ、あの風紀委員の…」と後ろ指を指されることが実に多くなった。それはまるで、かの光圀公の印籠を背負って歩いているかのような気分である。


眼下でふん潰れた沢田綱吉が完全に気絶しているのを確認した柊は、副委員長にこう声をかけた。

「すみません、うっかり窓の下に本を落としたので拾ってきます」
「え?!うっかりで窓の下に本落とします!?」
「ははは…」

実に的確なツッコミに苦笑いを浮かべながら、柊はそそくさと本の回収に向かった。






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