「言い訳があるなら聞いてやる」


 さあ話してみろとばかりに椅子に座って葉巻をふかして見下ろしてくるオーナーと、床に正座させられているおれ。オーナーの口は若干笑っているものの、目は完全にキレている。すっごいこわい。何でこんなことになってんだ、と頭を抱えたくなるけれど、おれの手は膝の上で固定されたように動かない。ていうか、おれのせい、だしね……。
 原因はオーナーとおれが恋愛的なアレでお付き合いをしはじめてもおれの生活が変わらなかったことにある。もっと簡単に言うと、家に男友達が入り浸っていることが原因だった。この前サンジたち高校生組が泊まりに来たし、キッドやキラーたちと宅飲みしたし、エースもローも遊びにきた。何よりマズったのは先ほどいつも通りにキッドに「洗濯しといておねがーい」「仕方ねーな」と鍵を渡した現場を目撃されたことだ。あのときの「ちょっと来い……」という手招きほど怖いものをおれは知らない。地獄にお呼ばれですわあれ。
 そして現在の正座に至る。完全におれが悪いので「すみませんでした……」と蚊の鳴くような声で謝ることしかできない。オーナーは口から灰皿へと葉巻を移してぐりぐりと恨みを込めるかのように火を揉み消した。ぎらりと爬虫類のような目でおれを見た。ああ……怒ってる……。


「てめェの交遊関係に口を出す気はねェがな、ある程度のラインは守らなきゃあならねェのはわかるよなァ」

「……はい、すみません」

「大体なんだありゃあ、通い妻か? あ?」


 通い妻って今日日なかなか聞かない表現だな、と一瞬のんきなことを考えたら、どうでもいいことを考えていたのがバレたのか、革靴で肩をど突かれた。「ヒイ!」「聞いてんのか」「聞いてます聞いてますすみませんすみません」と平身低頭謝った。おれ立場弱すぎワロタ。っていうか謝ろうっていう気が感じられないよね、謝らなきゃいけないときにそんな態度とってるやつがいたらおれはもっとぶちギレてると思う。そう考えたらオーナーはすごい優しい。オーナーは頭を下げるばかりのおれに、深いため息をついた。


「……じゃあこう考えろ。おれの家に鷹の目が来ていたらどう思う」


 その質問に対しては正直、ありそうだなくらいにしか思わない。美味しいご飯食べながら美味しいワインとか二人で飲んで映画とかについて語ってそうだ。……と、言ったら間違いなくおれは怒られるんだろう。オーナーが欲しがっている言葉は、嫌だと言う意思というか、嫉妬心というか、そういうものだ。わかっている、のだけれど。
 嘘をつくのってどうなのかなあ、と思っていたら、また肩をど突かれた。しかもさっきよりも強く。痛い。オーナーは端正な顔を歪めて、不機嫌さを露にしている。嫉妬されなかったらキレるとかすごいワガママ。


「おい、鷹の目とおれが二人で密室にいてもいいのか?」

「……だってオーナーはおれのことが好きでしょう」


 おれがそう言うとオーナーは面食らったあとじわじわと顔を赤くさせた。……そういうとこ、可愛いなー、なんて。ていうかオーナーは、おれと二人のときだけ子供っぽくて可愛いのだ。なんなんだろうな、おれはすこぶるギャップ萌えというものに弱い。こんなに大人で格好いいオーナーが、おれにだけメロメロで嫉妬剥き出しでキッドに苛々して好きでしょうって言われただけで顔を赤くさせるなんて、可愛くないわけがない。


「おれはオーナーだから好きになったんであって、男はそーいう意味で好きなわけじゃないんです」


 本当に、男なんてマジ論外だ。どう考えたって女の子の方がいいだろう。柔らかいし、可愛いし、同じブツもついていない。男とあはんうふんとか思うとゾッとするし、とてもじゃあないがそんな気分にはならない。オーナーじゃなかったら絶対に付き合わなかっただろう。


「おれが好きなのは、クロコダイルさんだけ」


 敬語をなくしたのも呼び方を変えたのも、満面の笑みを浮かべたのも、偶然ではなく勿論自然に出たわけでもない。全部、わざとだ。トドメを刺すつもりでそれらを選んだ。その方がオーナーは喜んで、おれのことを許してくれるからだ。
 予想通りオーナーは先ほどよりも少し顔を赤くさせて、おれから視線を逸らした。赤い顔を見られたくないんだろうなあ、なんて考えていたら「んなこたァ、わかってんだよ」なんて強がりの反論。目もあわせられない上に真っ赤なオーナーの言葉なんて、なーんも怖くない。
 おれの方を見ていないことをいいことにニヤニヤと笑いながら立ち上がって、オーナーへと近付いていった。ぐるりとオーナーの椅子が反転して、おれに背中を向けてしまう。仕方がないので後ろから抱き付くと一瞬、びくりとオーナーの肩が跳ねた。


「……イード、離れろ」

「嫌でーす。……クロコダイルさん、好きですよ」

「離れ……ッ!」

「だからおれの友達なんか気にしないでくださいよ。ね?」


 後ろから首筋に唇を押し当てたらオーナーの声が上擦って身体がふるふると震えた。ほんと首筋弱いんだなあ、この人。オーナーの反応にテンションが上がってしまって、何度も首筋に触れていると「わかったからやめろ!」と怒られてしまった。……扱いやすい人だなあ、なんて言ったらきっと怒られるんだろうから黙っておく。でもおれはもう少し首筋へのキスを続行することにした。なんか、そういう気分になっちゃった。

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 結局、執務室の椅子の上で事を致しそうになったイードをどうにか仕事に追いやって、クロコダイルはため息をついた。付き合ってからも男同士だということがネックになっていて、スキンシップも曖昧だったものの、一線を越えてからはあの調子でべったりだった。まだ年若いのだから仕方ないと言えば仕方ないが、クロコダイルがイードの笑顔に弱いとわかっていて笑顔で乞ってくるものだから案外えげつない。まあ、場所さえ弁えてくれれば求められて嬉しいのだけれど。


「……」


 クロコダイルは葉巻に火をつけて煙を吐き出し、ポケットからボイスレコーダーを取り出して中の音声を確認する。音はクリアに聞こえてくるものの、中身は満足の行くものとは言えなかった。できることならばイードにキッドや他の男友達についての悪口に近いなにかを引き出せればよかったのだが、こればっかりは露骨に引き出してクロコダイルが嫌われるようなことになっても困る。それでもクロコダイルだけが好きという言質が取れたのは悪くない。突っかかってきたり、あまりにも目に余る行動を取るようだったら、聞かせてやれば多少は大人しくなるだろう。クロコダイルは自分の首筋に好き勝手つけられた赤い痕を一撫でしながら喉の奥で笑った。

あなたの方が一枚上手

「バイトさんの1日」の主人公とオーナーであるクロコダイルとの話。交際後。@匿名さん
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