着替えてから荷物を持って帰宅すると、久しぶりすぎた我が家は埃がうっすらと溜まっていた。極端にものの少ない我が家では冷蔵庫の中身も遠征の前に空にして、電源も抜いてある。今、食べられるものと言ったら防災用のレーションくらいなものだった。風呂に入って寝ようにも、ベッドも埃っぽい、となればとりあえずは掃除である。 とはいえ、そもそも生活基盤を築いていないこの家では片付けるほどのものは存在しておらず、一時間もすればそれ以上掃除する場所はなくなった。風呂に入ってから綺麗になった身体でベッドに寝転がっても、疲れてもいない身体には睡魔など来るわけもないので、とりあえず今日の予定を立ててみることにした。 昼飯は外食でいいだろうが、今後のことを考えると何か食べられるものを買いに行く必要がある。ついでに日用品の確認もして、買い物はそれからだ。そうと決めたら立ち上がり、必要なものをリストアップし、出かけることにした。 いつも通りの格好で外に出て、飯を食ってから腹ごなしに海の方へ一度抜けて、改めて市街地に戻った。そうして日用品を買い物に行った先で部下の奥さんに出会った。 軽く挨拶をしてみたものの、ようやくの休みで嬉しいとの旨を伝えられ、自分の失態を思い出して落ち込むはめになる。帰り道、ちらりと海軍本部を見る。まだ昼間だ。大半の海兵は働いているだろう。 「あ〜、働きたいなァ」 「……クザン大将」 「って顔してんね、ガルム」 軽く手を上げておれの前に現れたのはクザンさんだった。いつものようにへらへらとした笑みを浮かべて、彼らしいゆっくりとした歩調で近付いてくる。その姿にびしりと敬礼すれば、「ダメでしょ」と咎められた。疑問符を浮かべるおれに、クザンさんは苦笑いだ。 「仕事中じゃあないんだから敬礼も大将もおかしいでしょ」 「いえ、おかしくはないと思います」 「プライベートで大将って呼ばれたらおれ悲しいなァ」 「では、クザンさん、とお呼びしても?」 おれがさん付けに変更して呼ぶと、クザンさんはわざとらしい泣いたふりをやめてにっこりと笑い、「勿論」と言った。クザンさんの声が妙に甘ったるい気がした。……が、おそらくは気のせいだろう。大将ともあろう男の声が甘ったるいわけがない。そうしておれはクザンさんが一番向けられたくないであろう言葉を発した。 「クザンさん、すぐに仕事に戻ってください」 「え〜、ガルムが一人で暇してると思ったから遊びに来てあげたのに」 「ありがたいお話ではありますが、自分を抜け出す口実にするのはいかがなものかと思います。ただ、あるいは自分から一つ提案ができるかもしれません」 「えっ、なになに?」 「クザンさんの仰る通り、自分は暇になりました。ですから、こちらで可能な事務仕事を自分が請け負う、というのはどうでしょうか」 他の誰かだったのなら断ることもあるだろうが、相手はクザンさんだ。やるときはやる人だが、基本サボり魔。こっそりとなら自分の仕事を分けてくれないだろうか。それならおれの仕事じゃないんだし、命令違反には当たらないだろう。我ながら妙案だ、と思ったのだが、クザンさんは残念そうな顔をするばかりでうなずいてはくれなかった。 「あー……うん、それはね、できない」 「仰る通りですね」 「言葉のわりにすげェ残念そうだね。おれもガルムのお願いなら聞いてあげたいところだけど、そりゃあさすがにダメだ。ガルムの休暇はおれより上の決定だし、そんなことしたらおれもサカズキに怒られちまう」 「サカズキさんに、ですか」 そりゃあごもっともだ。考えてみればすぐわかることだった。普段仕事をサボっているクザンさんが書類を持ち出して、どこかでやって持ってくるとする。すぐさま怪しいと調査され、おれの存在が明るみになることだろう。そうすれば、おれもクザンさんもこっぴどく叱られる。当然の結末だ。 これ以上おれもサカズキさんに愛想を尽かされるのはごめんであるし、上官であるクザンさんに迷惑をかけるのも本意ではない。 「では、早く仕事にお戻りください。どちらにしろ、ここにいることがわかればサカズキさんに怒られますので」 「おお、たしかに。でも、一度くらいガルムと遊びたかったなァ」 「それは自分への質の悪い冗談として受け取っておきますね」 「あちゃ〜、本気なのにね」 「本気ならなおのこと質が悪いですよ。このままではクザンさんも戻りそうもないので、失礼ながら自分が先に戻らせていただきます」 「……あ、うん、じゃあまたね」 「ええ、また。それでは、お気遣いありがとうございました」 クザンさんに頭を下げて家へと向かう。おそらくではあるが、本当におれに会いに来てくれたのだ。サボりたいだけなら人通りのあるこちらの道へは来ないだろう。……そこまで信頼されていないのか、はたまたただの気遣いか。普通の海兵よりは交流があるとは思うが、遠征も多いし直属の部下でないおれはクザンさんを深く知り得ているとは言えないので断言はできなかった。どちらにしろ申し訳ないことには変わりないのだが。 そのまままっすぐ家に帰宅して、冷蔵庫に食材を突っ込んだ。適当すぎる入れ方だが、別に痛まなければいい。 「……明日から何して過ごしゃあいいんだ」 ため息をつきながら呻いても、答えてくれる人は当然いなかった。 |