休みを命じられたのち、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかず、自分の執務室に向かった。おそらくそこには部下がいるはずで、これからのことと今までのことについて軽く話し合わなければならないだろう。
 おれの中では潰れかかっているというのは潰れていないのと同義で、ついて来ているのだから大丈夫なのだと思い込んでいた。おれは馬鹿だ。そいつらに出来る限界までならやるのが当たり前なのだと思っていたが、それは共通の認識ではなかったのだ。久しぶりに世間知らずを思い知った。
 廊下ですれ違ったやつらと挨拶しながら執務室に到着し、扉を開くとおれの副官である男──スコルが報告書を見ていた。おれが入ってきたことに気がついたのか、立ち上がり敬礼してくる。


「お疲れ様です。こちら、報告書になります」

「ああ、ありがとう」

「……どうかしましたか?」


 これだけの会話で自分の状態を見抜かれてしまったらしい、と気が付いて、頭が痛くなる。おそらくおれが次の仕事の指示をしなかったからだろう。顎で座るように促し、おれも自分の席へと腰を下ろす。軽く報告書に目を通せば不備もなく完璧だった。


「ご苦労。報告書はこれで大丈夫だ」

「え、ええ……」

「それで、だ。先ほどつる中将より命令をたまわった」

「……はい」

「……うちの隊は今日から一ヶ月の強制休暇となった」

「は、はあッ!?」


 スコルの緊張していた面持ちが一気に驚きへと変わる。そりゃあそうだ。うちは他とは違い、人員が十分に揃わなくとも海賊の討伐に駆り出される超がつくほどの前線部隊だ。……まあ、そんなふうに思わせるまで仕事を詰め込んだのはおれなので、なんとも言えない気持ちを味わった。驚いたままのスコルをじっと見れば、スコルは背筋をぴんと伸ばした。


「お前が緊張するようなことはない。楽にしてくれ」

「え、あー……はあ」


 完全に戸惑っているスコルを見ているうちに、段々と申し訳ない気持ちが湧いていた。自分のしてきたことは間違っていたのか……サカズキ大将が休めと言うくらいだ、やり過ぎていたのだろう。一つ息をついてから、スコルに頭を下げる。ぎょっとしたとばかりの声が聞こえてきたが、そのまま謝ることにした。


「悪かった」

「な、えっ、お、おれは謝られることなんて何もないですよ! た、大佐、一体、何があったんですか……!?」

「つる中将やサカズキ大将から、おれのやること為すこと限度を過ぎていると指摘された。隊の部下が減っているのは、おれが潰しているせいだとな」


 言われたのも情けないが、言われるまで気が付かなかったのも情けない。無知とは罪だ。深い謝罪の念を込めて頭を下げ続けていると、スコルからのフォローが入って余計に申し訳なくなった。「おれは大丈夫ですよ!」なんて、完全に気を使わせているとしか思えない。おれは、と限定しているところが特に。
 いつまでも頭を下げてスコルに迷惑をかけ続けるわけにもいかないので、そこそこのところで頭をあげ、もう一度だけ謝った。スコルは苦笑いを浮かべている。


「あー、えっと……休み、なんですよね?」

「ああ、この辞令の通りだ」

「……うお、なんかすごいじゃないですか」


 スコルの言う通り、この休暇は超がつくほど優遇されている。休みとはいえいつ呼び出されるかわからない海兵は非番だとしても遠くに行くことは難しい。なのに、一ヶ月間絶対に仕事は回さず、休みなのにも関わらずすこしだが給料も出るらしい。別の隊から見たら贔屓も甚だしいという感想を持つだろう。ただ、民間人や自身に危害が及ぶ以外では海賊に手出しをしないこと、などおれに仕事をさせないために作られたと思われる事項も揃っていて、なかなかおかしい辞令書だった。
 辞令を見たスコルはどこか嬉しそうだ。……ということはやはり休暇は欲しかったのだろう。隊の連中には休みたいやつは休め、と言っておいたのに、それでは駄目だったとは……。遠征について来たのだから自主的だと思っていたが、どこかで圧力を感じていたということに違いない。ため息をつきたくなる気持ちをどうにか押し止めて、ゆっくりと立ち上がる。


「というわけだ。お前はもう帰っていい」

「え、大佐は?」

「隊の他の連中に伝達し、報告書を出したら帰宅する」


 ……という予定だ。実際は今日までなら色々とやってもいいんじゃないかと思っている。いや確かにサカズキ大将は本日付けと言っていたが、すぐにそんなことが出来るわけもないし、うん、仕方ないことだ、これは。今日中に家に帰って休めばいいんだ。
 そんなふうに屁理屈をこねるように言い訳がましく考えていると、スコルが人のいい笑みを浮かべた。


「じゃあおれが、連中に知らせてきますよ。その方が大佐も早く帰れますし! じゃ! お疲れさまでした!」


 声をかけるよりも早く、スコルは出て行ってしまった。……やることが減ってしまったではないか、と詰ることはできないので、胸中にのみ留めておくことにした。スコルはおれのことを思ってやったのだろう、逆効果だが。普段ならおれの意を汲める優秀な副官だが、今ばかりはそうはいかなかったらしい。
 自分と他人の違いについて考えながら、報告書を直接センゴク元帥のところに持って行くと「今すぐ帰宅して仕事するんじゃあないぞ」なんて釘を刺されてしまった。仕方がないので、命令通り帰宅することにする。


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