泣きそうになった顔を見られた気まずさを拭うように、大きく深呼吸をしてからドレークはガルムを見た。ガルムとは海軍を出て以来だったが、短期間であったこともあり、特段変わっているところはなさそうだった。見慣れないスーツ以外の少しラフな格好には違和感もあるが、それくらいの変化しかない。


「それで? ガルムは暇をしているというわけか。海賊に墜ちた友人に声をかけるほど」

「まあな。仕事をしちゃいけない、鍛錬をしちゃいけない、と釘を刺され……することがなくなってマリンフォードを出て来たわけだ」

「相変わらずだな」


 妙に居心地の悪い空気を変えるために、ようやく取らされたらしい休暇へと話題を変えれば、ドレークは相変わらずストイックな友人に苦笑いを浮かべることしかできなかった。ドレークが知る限り、ガルムは休暇を取ったことのない男だった。仕事以外にしたいことのないような、というよりは、仕事以外にすることのないような、そんな機械のようなストイックさがガルムの代名詞と言ってもいいほどだったのだ。
 今もそれは変わらないのだろう。懐かしさにドレークの頬が緩みそうになる。けれどそれを押し留めた。覚悟があって、ドレークはこの道を選んだのだ。ガルムたち友人を切り捨てたも同然。懐かしむ資格などないはずだ。心が緩む前に、覚悟が鈍る前に、この邂逅は、ここで終わりにしなければならない。


「そうだ。ドレーク、血くれ」

「は?」


 話を終わらせ、立ち去ろうと思っていたドレークに、ガルムから意味のわからない言葉が飛んで来た。──血をくれ? 血?


「お前の血液をくれ。輸血したいんだ」


 言われて、左腕の白い包帯を見せられて、ガルムが怪我をしたということをようやく理解した。輸血を求めるほどだ。きつく縛られた包帯の下に、それなりの傷があるということなのだろう。
 だがドレークはとても信じられなかった。人間として壊れたところがあるような、問題のある男であることには違いないが、ガルムはその分戦闘能力に秀でていた。十年近くともにいて、ドレークはまともに怪我をするガルムを見たことがない。実力もさることながら、普段はガルムも傷を負わないように立ち回る戦闘スタイルのはずなのだ。


「ガルムが怪我だなんて……一体何が……?」


 ドレークの口から思わず漏れた言葉に、ガルムはなんてことないような顔をして、とんでもないことを言ってのけた。


「ああ、ジュラキュール・ミホークと戦闘になった」


 ガルムの言っていることを、ドレークは理解したくなかった。頭が痛い。相手は七武海という枠に納まりきらないような世界一の大剣豪である。同僚であった頃ならば、『何をやっているんだお前は!』と怒鳴り散らしていただろう。その程度の怪我しか負わず、生き残っているという事実がガルムの実力を証明していたとしても、ドレークは心配せずにはいられなかった。生きていて、本当によかった。

 言葉に詰まっているドレークの内心など慮ることもなく、ガルムはいつも通りの無表情のまま「海賊は本当に話を聞かなくて困る」と言いながら包帯をくるりと外して見せた。
 ……惨たらしい傷痕だった。前腕の半分より肘に近い場所に焼いて無理矢理止血したような痕がある。さほど肉のない部分とはいえ、筋肉もあるし、血管なども通っていただろう。内部に血が溜まっているのか、周りの皮膚も紫や黒といった異常な色へと変色している。指先もよく見れば血色がかなり悪い。白を通り越し、死体のような土気色だ。医者にかからず数日間放っておいたのだろう。随分、雑な扱いをしているらしい。ガルムじゃなければ、切断を勧めていたかもしれないほど、傷の状況は悪そうだった。


「来い。うちの船医に診てもらえ」

「いや、そこまでされるのは、」

「一度開いて内部の治療をしてからでなければ、血は渡さない」


 手間なのに、とでも言いたげな顔を見ることなく、怪我した腕とは反対の腕を引っ張って歩いていく。手を掴んだことを、ドレークは少しだけ後悔した。友人のぬくもりなど、思い出したくはなかった。

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 ホテルの一室での治療を終え、新たに包帯を巻きなおし、身なりも綺麗にしたところでガルムが治療費を差し出してきたが、ドレークは頑として受け取らなかった。友人から金を受け取るような真似をしたくなかったこともあるが、ドレークがガルムに何かしてやれるのはきっとこれっきりになるだろうと思ったからだ。
 船医はドレークたちの関係を詳しく理解していたわけではなかったが、なんとなく察するところがあったようで、治療を終えると輸血のパックをガルムに繋いで先に戻って行った。
 おかげで室内にはガルムと二人きりだ。なんの会話もなかった。ガルムは椅子に座り、チューブに流れる血を見ていた。ドレークは視線を落とし、床を見ていた。


「お前とまたこんなふうに話せるとは思わなかった」


 ぽつりと吐き出されたガルムの言葉が部屋に響く。ドレークは口で返事をすることはせず、頷くだけに留めた。
 ドレークは海賊で、ガルムは海兵で。ましてやガルムはサカズキの部下である。海賊に対しての対処は苛烈だ。もはやどこまで行っても相容れぬ相手となってしまった。


「次お前と会ったら捕まえるだろうし、殺す手前までは平気で力を行使する」


 頷く。ガルムは次に会ったとき、ドレークを暴力を用いて捕らえ、容赦なく牢獄へぶち込むだろう。友人であるからと躊躇するような性質はしていない。抵抗し、生きたまま捕まえられないと判断すれば殺すはずだ。殺せば、死ねば悲しいと思ってくれるかもしれない。だがやはりそれはそれ。完全に割り切って、きっとガルムはドレークを殺しても後悔はしない。そんな男なのだ。
 ドレークも覚悟を決めている。もしガルムと会えば、抵抗し、ガルムを再起不能に追いやろうとするはずだ。自分の意思を貫くためには、そうせざるを得ないとわかっている。それでもきっと、ドレークはガルムへの攻撃に一瞬の躊躇いを持つし、ガルムに怪我をさせれば後悔し、ガルムを殺せば自分を一生許さない。
 海軍ではどちらも生真面目だと評されたドレークとガルムだったが、二人は致命的に違っていた。それが分かたれた道に通じていたのだろう。


「それでもお前のことは一生友人だと思ってるよ」


 もはやドレークには頷くのすら困難だった。改めて言う必要がどこにある。言葉にされて、嬉しくないはずがない。涙がこぼれ落ちる前に、思い切り拭い、立ち上がった。


「ありがとう」

「礼を言うのはこっちだ。ありがとな」

「ああ、じゃあな」


 別れの言葉を吐き捨てて、ドレークは部屋を出て行った。唇を噛みしめ、前を向いて歩く。ガルムとの関係は過去の残滓だ。今日あったことは忘れるべきだ。そう思うのに、どこか胸が痛かった。


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