たまたま友人に出会い、治療までしてもらったあと、おれは土産を買いに行った。サカズキさんへの酒を始めとした三大将や元帥、中将などの上官に加え、普段迷惑をかけている部下連中や友人への土産を買い込み、一旦ホテルに荷物を置いた。 今日は何をするか思案する必要もない。怪我も治療してもらったばかりだし、昼食を取ったらあとは大人しくしておこう。眠くはないが横になって安静にした方が、おそらく治りも早いことだろう。夜はホテルのレストランで取ればいい。明日はチェックアウトし次第、そのままウォーターセブンに戻る予定だし、今日やるべきことは休息をしっかり取ることと入れるときに風呂に入って清潔に保つことだ。 さて昼飯は何にしようか。怪我もしていることだし、ある程度しっかりとした食事の方がいいだろうか。 予定が決まっている以上、敢えて仕事を探しに治安が悪いところへ行く必要もあるまい。そう思って治安のよい方へ向かったのが悪かったのか、見つけたくもなかった人影を発見した。気付かれないうちに道を逸れるよりも早く、相手もこちらに気が付いてしまった。 「“猟犬”、まさかお前が本当にいるとはな」 紛れもなく、サー・クロコダイルである。よりにもよって海賊である七武海と治安のよい場所で会うとは、皮肉めいたものを感じた。気が付かれてしまった以上、無視をするわけにもいかず、軽く頭を下げる。 「里帰りは終わったのか?」 「ええ。そのため、一応立ち寄らせていただきました。居場所を把握していなかったので、お会いできるとは思いませんでしたが」 「本当に律儀なことで」 鼻で笑って来たので、おそらく馬鹿にしているんだろうが、おれも自分で馬鹿だと思う。本当に会ってしまったところなんか特に。 サー・クロコダイルは『腹の探り合いでもしようぜ』などと言っていたが、本当にそんなことをするつもりなのか。正直探られて痛い腹などないし、軍事機密なら当然話すことなど何もない。おそらくサー・クロコダイルにとっては面白みのない会話になるだろう。 「ま、これも何かの縁だ。まだなら飯でもどうだ」 「かまいませんが」 もう済んだと言って断ってもいいのだが、断るほどでもない誘いに応えるくらいはいい。もしかすると、七武海の弱みの一つでも握れるかもしれない。仕事をしたと怒られるかもしれないが、七武海とのお食事会なんて海兵の仕事ではないと言い張れるのだから問題ないだろう。 ニヤリと笑って、ついて来いとばかりに先に歩き出したサー・クロコダイルの後を追いながら、ドレスコードのない店だったらいいなと思った。カジュアルというほどではないにしろ、ドレスコードのある店にしてはラフ過ぎる。具体的に言うとシャツにスラックス程度の格好なので、ジャケットを着てない。そんなおれを連れて行くサー・クロコダイルが悪いとはいえ、店側に迷惑を掛けたくはないのだ。 そんなふうに思っていたのだが、案の定、ドレスコードが必要そうなシックな店だった。入った途端、サー・クロコダイルがおれに合いそうなジャケットを持ってきてくれととんでもない注文を付けていた。店員はにこやかに頷いて中に入っていたが、迷惑をかけてしまったらしい。 「よおワニ野郎、若い燕とご機嫌なデートか?」 おれがにわかに落ち込んでいると、後ろから声を掛けられた。若い燕というのはおれのことを指しているのだろう。愛人扱いなどそんな勘違いをされると困る。……困るか? 海兵としては好ましくないだろうが、おれ自身は別に困りもしないか。海軍の誰も信じるわけがないし、いや、やっぱり困るな。七武海に海兵の愛人がいるという噂は、海軍全体の不名誉だ。だがここで違うなどと素直に言っても、勝手に無駄な勘違いを加速させて噂を広げることもあるだろう。となると、言葉の端にそれとなく匂わせるのが正しいか。 「サー・クロコダイル、あなたには男色の気がおありで?」 もし本当にそういう気があるのであれば、適当に何人か見繕って周りをうろつかせてもいいのかもしれない。今後対七武海の会議か何かあったときに、ハニートラップの提案もできる。 おれが言うよりも前から不愉快そうに顔を歪めていたサー・クロコダイルは、おれの言葉でより一層に不愉快そうに笑って見せた。 「そう見えるってか?」 「どうも見えませんね」 女を性の対象として見ていようが、男を性の対象として見ていようが、その両方であろうが、傍目からはわからない。女のような雰囲気の男性が男を好きとは限らないのだし、本人からもたらされた情報だけがすべてということでいいんじゃないだろうか。勘違いの回避と今後の仕事には使えるならと聞いてみただけで、おれ自身は七武海の下半身事情など全く興味がない。 「おいおい、おれを無視するなよ」 肌に何かが這うような感覚して、手で振り払う。何かの能力だろう。振り返ると、男が驚いた顔をしていた。 「……ドンキホーテ・ドフラミンゴ?」 短く切り揃えた金髪にサングラス、特徴的なピンク色の羽のようなコートに身を包んだ男が七武海であることは、海兵の誰もが知っていることだろう。こんなところで出会うとは、思わなかった。 ドンキホーテ・ドフラミンゴは「へえ、おれを呼び捨てにするとはなァ」とニヤニヤ笑っていたが、警戒心が滲み出ているように見えた。たしかドンキホーテ・ドフラミンゴはイトイトの実の能力者だったはずだ。能力が弾かれて警戒しているらしい。 「お前、何者だ?」 「そうピリピリすんな、フラミンゴ野郎。おれの客だ。お前に関係あるか?」 余裕を少し消したドンキホーテ・ドフラミンゴにちょっかいかけて煽りたいだけなのかもしれないが、その言い回しは今後面倒なことに巻き込まれる予感がするので、是非とも勘弁願いたい。 す、と頭を下げ、視線が交わらない角度のまま、挨拶をした。 「初めまして、海軍本部大佐ガルムと申します」 「大佐だァ? ……まさか“猟犬”ガルムか?」 「その通りです」 「“赤犬”の右腕だのと言われてる“猟犬”がこれねェ」 顔を上げれば、品定めするような視線を向けられていた。それに応えるわけでもなく、逸らすわけでもなくいると、ただ視線を返す。その後ろから店員が戻ってきたことを確認し、そちらに視線を向けた。 「申し訳ございません、ありがとうございます」 「いえ、お気になさらず」 ジャケットを受け取り、代わりにチップを渡す。にっこりとしたままの店員は軽く頭を下げたあと、サー・クロコダイルへ視線を移し、「ご案内してもよろしいでしょうか」と首を傾げた。 「サー・クロコダイル、行きましょう」 店員に追従するようにサー・クロコダイルを促した。これ以上入り口でゴタゴタやっていると他の客に迷惑であるし、それ以上に時間の無駄となる。サー・クロコダイルが店員に頷いたところで、横やりが入った。 「おれも混ぜてもらおうか」 ドンキホーテ・ドフラミンゴである。おれにとっては七武海が一人だろうが二人だろうが変わらないので特に意見はなかったのだが、サー・クロコダイルはと言えばこれでもかと顔をしかめていた。おそらくではあるが、基本的にドンキホーテ・ドフラミンゴが好きではないのだろう。店の中でなければ、あるいは懇意の店でなければ、はたまた地元で英雄などと大層な名で呼ばれていなければ、おそらく唾の一つでも吐き捨てて、それから戦闘になったはずだと思った。 |