さて、シャボンディ諸島である。サー・クロコダイルとの約束があるとはいえ、どこにいるかなどは全くわからない。探した方がいいのかもしれないが、あまり見つける気にはなっていなかった。見つけたら見つけたで面倒くさそうなのだ。一応ここまで訪れたのだから、それでいいということにしてサー・クロコダイルのことは忘れることにした。一泊だけ宿を取って、明日には出ればおそらくちょうどいいだろう。
 どのルートを通っても新世界に行くためには通る必要があり、ある意味海賊たちの無法地帯とも言えるシャボンディ諸島だが、その分海軍の目も増え、おれも何度も来たことがあった。そのため、おおよその地図は頭に入っている。当然、宿の場所も把握しており、近道をして向かうことにした。
 番地によって治安の善し悪しにかなりの差が出るため、部下にだったら一人で通らせることはないような場所を進んで行く。怪我を負っていることもあり、仕事をしたいからというよりも、本当にただ近道だったからだ。仮に海賊が出て絡まれたとしても、叩きのめすにはそう難しくはないし、不当に奴隷として売られて行く者達がいれば助け出してもいいのだが。

 そんな考えが一気に頭の中から吹き飛んだ。──不意に匂いが感じたからだ。懐かしい。この匂いは。まさか。驚きが頭の中を支配した。瞠目する。視線を三百六十度、あらゆる方向に忙しなく動かし、それらしき影を見つけると同時に走り出した。あっという間にその影が形を成し、相手の驚愕に満ちた表情をはっきりと捉えることができた頃には、眼前へ躍り出ていた。


「……ドレーク」

「ガルム……お前が、どうしてここに……!」


 ドレークの口から飛び出した言葉には緊張が深く見て取れた。おれと戦闘になると踏んでいるからだろう。顔には出会いたくなかった、と書いてあるような悲愴な表情をしていたが、気にすることなくおれは話しかける。


「久しぶりだな」

「……ああ」

「元気そうだな」

「…………ああ」

「なんでそんな服なんだ? 自己主張が激しくないか?」


 何故上半身を曝け出す必要があるのか。海上生活ですこしでも洗濯物を減らすためだろうか。いや、ドレークのことだ。能力を使うことを考え、上半身に服を着ないという選択肢を取っているのだろう。なるほど、そう思うと非常に合理的な格好のように思えて来た。
 ドレークは顔に緊張を浮かべたまま、いつでも能力を発動する構えを見せていたが、おれに争う気がないことに気が付いたようだった。


「……いや、待てガルム。おかしい。おかしいぞ。海賊と世間話をしている場合じゃないだろう。言うまでもないことだと思うが、こっちは海賊で、そっちは海軍なんだぞ?」

「わかっているが?」


 何を言ってるのかわからない、という視線を向けられる。緊張が解けてものすごく混乱していることはわかった。おれが捕まえるような動きを見せないのが不思議なのだろう。友人であるドレークには、おれがどういうやつなのかよくわかっているから。


「おれは今強制休暇中だから捕まえないぞ」


 なのではっきりと伝えてやると、ドレークはこれでもかと目を見開ていて、たっぷり間を開けて「…………は?」と言葉をこぼした。どうやら理解が追い付かなかったらしい。おれが仕事ができない状態というのが想像もつかないのだろう。ドレークになら説明しても問題ないだろうと自身の身に起こったことを口にした。


「海賊を見つけても市民に危険が及ばない限りにおいては、海兵としての仕事をしてはいけないという条件付きの休暇を取らされている」

「……嘘をつく理由が見当たらないし、その辞令が出された理由もわかってしまったが、納得がいかない」


 ドレークからの言葉に肩を竦める。そんなことをおれに言われたって困る。いや、そんな命令を出された挙げ句、海軍を辞めた友人に一瞬で理由まで理解されてしまうおれが悪いことは認めるのだが、結局のところおれに辞令を出したのは上なのである。上はこういう事態を想定していなかったのだろう。おれもまったく想像していなかった。そしてドレークも想像していなかったのだ。


「だが、海軍なら捕まえるべきだろう。内部情報を知っている者なら尚更だ」


 睨み付けるようにドレークがおれを見る。自分が不利になるような言葉を平然と口にするのは、ドレークの正義感ゆえだろう。捕まる気はない。本気で捕らえてほしいと思っているわけではない。しかしドレークに染み付いた海兵としての正しさが、おれの行動を許せないと感じている。おれもドレークの言いたいことは理解できるし、海兵とはそうあるべきなのだろうとも思う。


「確かにおれは海軍に所属しているし、海賊は無条件で拿捕すべきだと思うがな」

「なら、」

「だがおれはそう命令を受けている。破る気はないし、敢えて友人を捕まえたいとは思わない」


 本心からそう返せば、ドレークはとても驚いたようで言葉を失った。それから口元を歪ませて、へたくそな笑顔を浮かべた。
 昔を思い出す。ドレークは昔から笑うのが下手だった。笑い方を忘れたと言っていた。笑えないようになっていたのだ。最近は普通に笑えるようになっていたはずなのに、また嫌なことでもあったのだろうか。


「もし、一緒に来てくれと言ったら、来てくれたか」


 ドレークの声は震えていた。何を求められているのかはわからなかったが、おれは思った通りの考えを口にした。


「いいや。お前を捕まえて牢獄にぶち込んだはずだ」

「そうだな。それが正しい」


 即答に即答が返ってくる。捕まえるのは当然だ。海賊になろうとしていた相手は子どもではない。芯のある生真面目で正義感たっぷりな男だ。そんな男が海賊になろうと踏み切ったのなら、注意では済まないだろう。海兵としてそれが正しい選択肢なのだ。だが、もしも。もしもなんてものがあるとして、おれが海兵でなかったのなら。


「ただ、今みたいな状況なら、考えたかもな」


 ドレークがいなくなった今ならそう思う。当時ならばあり得ないことだ。相談ならばまだしも海賊になると聞けば捕まえることに腐心したはずだ。ただ、そう。今ならば。そういう前提条件は付くが、少しくらい考える余地はあるように思える。それでもきっと、ドレークを捕まえただろうが。
 話している間に、ドレークの顔が俯いていた。すこし屈んでドレークの表情を窺う。思わず鼻で笑ってしまった。


「なんて顔してんだ。意味のない例え話だぞ」

「……そうだな」


 ドレークは、泣きはしなかった。久しぶりに会った友人として笑っていた。顔をくしゃくしゃに歪めて、今にも泣き出しそうに、笑っていた。


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