「相変わらずだな……」


 船を停め、島に上陸する。鬱蒼と生い茂る森、陰鬱な雰囲気、湿るほど冷えきった空気。我が故郷ながらどうしてこの国が一時期でも栄えたのか不思議になる。それもひとえに王族のおかげだろう。それ以外に考えようもないことなのだが、それでもこの土地に来たいと思う人間は少ないことだろう。
 鬱蒼とした森を横目に大地を踏みしめ歩を進めていくと、すこし開けた場所に出た。瓦礫の中に墓標がいくつも並んでいる。墓標は綺麗なものだった。傷一つない。


「ああ、よかった」


 どうやらこの国は無事に滅んだらしい。戦争でもやったのか、あちこちに刃物が刺さり、家というものは残っておらず、頭蓋骨などの骨もいくつか見受けられる。内紛、内戦、言い方は色々あるが言わば国民同士の殺し合いだ。凄惨な終わりを迎えたらしい。
 人の気配はないわりに、遠くから動物たちがこちらをじっと見ている。久々に別種に出会ったから、というよりはおれを覚えているからだろう。見つからぬように隠れたいと思っている反面、目を反らせば狩られるのではないかと怯えているようにすら見える。

 さて、いくつかの問題がある。幸い城の方は無事のようだが、この有様ではおれの生家はないだろう。ただ案外先祖の墓の方は無事かもしれない。それを確かめるためにもとりあえずは宿を確保すべく城に向かうべきなのだろうが、こうして新しく建てられた墓標がある以上、島外から人の手が入っていると見ていいだろう。たまたま発見して善意で埋めたのならこの島には住んでいないはずだが、自分が住むにあたり不衛生だから埋めた、というふうにも考えられる。そしてその場合、もし住んでいるとすれば城だ。他に住む場所はおそらくない。鉢合わせるのは面倒なのだが、果たして今この島にいるのだろうか。


「──ッ!」

「ほう、避けたか」


 突然の殺気に身体を逸らし飛び退くとその場に刀が振りおろされた。──この刀は。世界に一本しか存在しないどの刀よりも有名なその一本。驚きのままに顔を上げれば、そこには一方的に見知った顔があった。


「ジュラキュール・ミホーク……!」


 何故王下七武海“鷹の目”ジュラキュール・ミホークがこんな辺境の地に。思ったところで攻撃は止まない。いきなり襲いかかってくるということは初上陸ではないはずだ。初めて来た土地に会話できる相手がいればそれは貴重な情報源にほかならない。そんな相手を不要とするのなら何度も来ていると見ていいだろう。それでいて、いきなり攻撃を仕掛ける理由。そんなものひとつだ。こいつはおれを侵入者として見なしている。なら何度も来ているという解釈は間違っているのだろう。こいつは、ここを根城にしているのだ。王の住処が海賊の根城とは随分墜ちたものである。


「避けるのだけは上手いが……何故腰にある剣を抜かん」

「自分は、」

「まあいい。抜かせるまでだ」


 ……海賊というものは話が通じない生き物なのだろうか。自分が海兵であることとこの国の出身だということを説明すれば攻撃をやめてくれると思ったが、まずそれすらできない。あれは会話などではなく、もはや独り言の域である。おれの話など元より聞く気がないのだ。おれが避けられる程度の力量を持っていると判断したがゆえ、遊んでやろうと思っているのだろう。
 ここで武器を抜いて応戦するか、はたまた敵意がないことの証明に避け続けるか。船旅をしてきたとはいえ、疲れているというほどではないため、避け続けるのも悪くはないが……。迫る刀をかわしながら思考する。今のお遊びでしかない状態だったのなら避け続けることは可能だが、抜かせるまでと言っている以上、おれが抜くまで徐々に力を出してくるはずだ。ならいずれ、おれも抜かざるを得ない。それが早いか遅いかだけの差である。


「仕方がない」


 そう、これは仕方なくなのである。ジュラキュール・ミホークの望みを遂げ、話を聞いてもらうため。ジュラキュール・ミホークに刀を向けられ命を狙われたがゆえの自衛のため。仕方なく、おれは武器に手をかけたのである。決して身体が鈍らないようにすこし打ち合わせてもらえないだろうかなどとは思っていない。
 がきん、と金属同士のぶつかる音。この程度であれば止めることはそう難しくはない。一瞬でも止まったのなら、会話もできるだろう──と思ったのは、完全におれの失策だったわけだが。


「バヨネットごときで夜を容易く止めるか面白い」

「いや、少し話を、」


 斬撃。海賊は本当に話を聞いてくれない。勘弁してほしい。ジュラキュール・ミホークはおれとの打ち合いを続けたいようだった。これはあの最上大業物を弾き飛ばすか、おれの首が飛ぶまで止まらないんじゃあないだろうか。だが困ったことに、おれはこいつを殺すわけにはいかない。海兵としてさすがに政府と協力関係にある王下七武海を殺すのはまずいだろう。実質的なところなどはどうでもいいとして世界一の剣豪という称号を野に放つわけにはいかない。そんな状態であの刀を弾き飛ばせるのか……?
 更にキツく打ち込んでくるようになった刀を弾くため、腰にあるもう一本を手に取った。仕事をしたいとは思ったし、鍛えたいとも思った。それは認めよう。だが面倒事は別である。ため息をついても、ジュラキュール・ミホークは笑うだけだった。


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