船に乗ってから数時間、予想外の船に出くわした。……あの船に、あの帆、おそらく王下七武海のサー・クロコダイルの船ではないだろうか。邪魔にならぬよう、そしてぶつかって壊されぬように距離を保ったまま過ぎ去るのを待っていると、砲弾が撃ち込まれた。こりゃまたなんとも物騒な話である。相手が誰かも確認しないあたりは海賊らしいと言えば海賊らしいが。
 腰に差してある武器を鞘から抜き、砲弾の方向を変えて船を守る。素手でもよかったんだが砲弾に当たったくらいじゃ大丈夫だろうが念には念を入れてだ。こんな海のど真ん中で怪我をしたら一大事だしな……これでも応急手当くらいはできるが、おれも医者並みの知識があるかと言われればそれは別だ。ふむ、戻ったらそっちの勉強でもするか。今までは海賊相手に戦うことを仕事にしていたからあまり勉強する機会はなかったしな。

 そんなことを考えているうちに、向こうの船の上が騒がしくなっていた。まさか砲弾の方向を変えるような人間が乗っているとは思っていなかったのだろう。これはもしかすると本人のお出まし……だろうか。遠目に見ていてもはっきりわかる黒いコートがはためいている。
 さらさらと砂になったサー・クロコダイルは予想通りおれの方に向かってきた。鞘に戻した方がいいか、それとも抜いたままの方がいいか考えているうちにここまで来てしまった。振りかぶられた鉤爪を武器で受け止めるとサー・クロコダイルはおれを見てわずかに目を見開いた。


「……てめェ、“猟犬”ガルムか」

「ええ、お久しぶりです。サー・クロコダイル」


 おれとサー・クロコダイルは一応ではあるが、面識がある。会議のときに近くにいる本部の船が迎えに行くことがあるからだ。おれが迎えに行ったことがあるのはサー・クロコダイルとゲッコー・モリアだけだが、ゲッコー・モリアは早々招集に応じることがないのでうちの隊は実質サー・クロコダイルの迎えしかしたことがない。というか、どうしてかアラバスタ方面にいるときに会議が重なるためにそういうことになる。毎度血塗れで出迎えられるサー・クロコダイルは堪ったもんじゃあないだろうに。
 それにしてもまさか小船の上でこうして相見えるとは思っても見なかった。これに関してはサー・クロコダイルもまったく同意見だろう。サー・クロコダイルは口元の葉巻を燻らせながらじっとおれを見てきた。葉巻と言えばパウリーのやつも吸っていたか。おれの周りの喫煙者は煙草よりも葉巻の方が多いような気がする。


「まさかこんなところでお前に会うとはな」

「同感です」

「なんの仕事だ。部下はどうした、一人だけなんて珍しいじゃねェか」

「いえ、帰郷中です」


 正直にそう答えれば「は?」と真顔で疑いの眼差しを向けられた。そりゃあそうだよな、おれだって自分が仕事しかしてこなかったのはよくわかっている。だがおれが嘘をついているなら隠さねばならぬ仕事であり、そうでないのなら本当に仕事ではないということはわかっているのだろう。サー・クロコダイルとの仲は長くもなければ短くもない。だから鋭い彼ならそれくらいのことは余裕でわかるはずだ。


「まあいい。こちとらこれから会議だ」

「そうでしたか、お疲れ様です」

「──クハハ! そうか、てめェ休暇食らったのか。期間はどれくらいだ? 二週間か一ヶ月か……普通なら貰えねェ長い休みだろう」


 何故わかったのだろうか。そういった驚きが漏れたのか、サー・クロコダイルは悪人然とした笑みを作り、ほんの少しだけおれに近づいてきた。金色の目がおれをじいと見ている。どこか爬虫類の眼光を思わせるようだった。


「仕事人間の“猟犬”には持て余す休暇か」

「そうですね、ですからこうして予定外の帰郷を」

「なるほどなァ……おい“猟犬”どうせ帰郷したあとは暇なんだろう、おれの相手でもしに来い」

「というと?」


 予想もしていなかった誘いの言葉に、目を細める。サー・クロコダイルは七武海とはいえど海賊である。馴れ合うような真似をする必要はないし、ご機嫌伺いをしてやる必要もないのだ。訝しんだ視線を向けたというのに、サー・クロコダイルは笑んでさらりとその場を離れた。


「ひと月くらいシャボンディにいる」


 「腹の探り合いでもしようぜ」と言い残して消えてしまった。おそらくは船に戻ったのだろうが、あまりにも一方的な口振りではないだろうか。シャボンディ諸島にひと月もいるということは何か企んでいると言っているようにも聞こえる。そうなると時間があれば行ってもいいが、帰郷にどれだけかかるかわからない。あと二週間でモモンガさんの船もエニエス・ロビーに来るとなれば、ほとんど行けないと言ってもいいだろう。


「第一、シャボンディ諸島のどこにいるってんだか……」


 そこらへんきちんと教えてから行け、と思ってしまうのは当然のことだろう。もし行く気があっても行けないではないか。……行かないだろうからどうでもいいことか。


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