酒が入ったところで酔うこともなければ、体調が変わることもなく、いつものように眠りについていつものように目が覚めた。……今日はアイスバーグさんと船の打ち合わせをして、夜はフランキーさんたちと飲み会だったな。フランキーさんたちにはあとで連絡を入れればいいとして、アイスバーグさんとは時間を決めなかった。何時頃お伺いすればいいんだろうか。お昼時は迷惑だろうし、だからといって朝一番に行くのも他の仕事に追われていて迷惑そうだし……十一時くらいに様子を見に行くとしよう。
 すぐにそう決めてしまったせいか、特にやることもない。十時にはジャブラに連絡を入れる約束をしているが……まだ日が昇る前だ。さすがにじいっと待っている意味はないだろう。本を探しに行くにしても本屋だって開いていない。となれば、…………散歩でもするか? 散歩のように意味があるんだかないんだかわからない行為は不得手だが、部屋でおとなしくしているよりは身体も多少なりとも動くわけだし有意義だろう。裏手にある浜辺で走り込みをしてもいいかもしれない。
 そうと決まればさっさと部屋を出る。散歩をしてみても、当然のようにこれといって面白いことはなかった。昨日まである程度場所は把握していたし、人も少ないので当然だった。だが何もないという時間に耐えることもいいのではないかと思い始めていた。心身の向上につながる気がする。
 そうして島を一通り回り終えて宿に戻ってくると、女将さんが既に仕事を始めていた。戻ってきたおれに気がつくと、少し驚いたような顔をしてから人の好い笑みを浮かべる。


「おはようございます」

「おはよう、若いのに早いねえ」


 挨拶を交わしたあとは軽く世間話をして、それから部屋に戻る。十時までにはまだ時間がある。仕方ないのでウォーターセブン初日に買った本を読み直すことにした。

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 ……十時十分前に本を置く。知った匂いを感じたからだ。どうやらおれとジャブラの関係を探ろうとしているらしく、こちらに現れるつもりはないらしい。本人に聞かれながら話すような内容でもないとは思うんだが……。さてどうするか。幸いにしてこちらをのぞき込んでいるわけではないので、聞こえないように口パクで伝えるということもできる。……まあでも、ジャブラのためにそこまでしてやる義理もないし、おれが本当に任務をしにきたわけでも邪魔をしにきたわけでもないとわかってもらうためには有意義だろう。
 十時一分前、そろそろかけるか、と電伝虫に手をかけたところで、タイミングよく音が鳴り響いた。なんというタイミングのよさ。わずかばかり驚きながらも電話を取る。


「はい、ガルムですが」

『おお、ガルム。わっしだよォ〜』

「ボルサリーノさん? ……何か大事でもございましたか?」


 声の主は予想していたジャブラではなく、まさかのボルサリーノさんだった。もしかすると呼び戻してくれるんじゃあ、なんて期待が首をもたげる。海兵として望んではならないことだが、なにやら大事件が起こって人手が足りないのでは、なんて期待をしたのだ。──しかし、よく考えれば、そんな大事が起きたのならニュースになっているはずで、あくまでもこちらの願望でしかなかった。電話の向こう側から聞こえてきた朗らかな声は、見事に期待を裏切ってくれた。


『せっかくだからお土産を頼もうかと思ってねェ〜』

「……そうですか。少々お待ち下さい、今、メモを用意しますので」


 なんというか、実にボルサリーノさんっぽい電話の内容だと思った。少し期待してしまっただけになんとなくモヤッとした何かが胸を巣食ったような気もするが、買出しで暇を潰すこともできるし、お土産に何を買ったらいいかと悩んでいたところだ。


『そういえば今どこにいるんだい?』

「現在ウォーターセブンです。船が手配でき次第、一度帰郷しようと考えております」

『へえ、ずいぶん積極的に動くんだねェ〜。帰り、モモンガに乗せてもらうんだったね?』

「はい、そのつもりです」

『だったら帰りに甘いものでも買ってきてくれるかァい? ウォーターセブンでもどこでもいいからさァ』

「承知いたしました」

『よろしくねェ〜。じゃ、休暇楽しむんだよォ』


 最後に無茶なことを言ってボルサリーノさんからの通話は切れた。……外にいる彼にもこの話は聞こえたことだろう。ボルサリーノさんがああ言っていたのだからさすがに疑いも半分くらいは消えたはずだ。このまま去ってくれるのが一番ありがたいのだが……ジャブラとの会話も聞いていくらしい。
 仕方がないので、十時も回ったことだし、ジャブラへの連絡をすることにした。コール音が十三回鳴ったところで『……眠ィ、誰だ?』とジャブラが出た。自分から時間指定をしたのに、もう忘れているらしい。


「ガルムです。寝直すようでしたらまた後でかけなおしますが」

『……ああ! ガルムか! 悪い悪い、寝ぼけててよ!』


 そんなことは改めて宣言されるまでもなくわかりきっていることだ。だがそんな指摘をしたところでなんの意味ももたないので「いえ、大丈夫です」とだけ返事をしておいた。それからさっさと本題に入った。


「ロブ・ルッチくんのことですが、タンクトップにサスペンダーでズボンを履き、シルクハットを被るという難儀な格好をしていました。それから何故か自分の会話は腹話術でハトに話させるという奇行をしていらっしゃいました」

『腹話術ゥ!? なんだそりゃ! わけわかんねェな!』


 ジャブラが大きな声で笑う。それに苛立ったのか、それとも自分の話をされて驚いたのか、窓を覗き込んできたロブ・ルッチと目が合う。いくら裏路地側の窓だからってそんなところにいたら怪しまれるぞ。目があった瞬間、なんだか笑ってしまいそうだった。一ミリだって表情筋は動かなかったが。


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