モモンガさんの船に戻って軽く報告をする。何やらおれが海兵らしくないことが気になっていたようだということを伝えれば、納得したように頷いていた。もしかしておれは自分が気づいていないだけで皆から海兵らしくないと思われているのだろうか……。
 モモンガさんは二週間後にまたここに来る用があるらしく、もしその時に来れば一緒に連れて帰ってくれるとのことだった。モモンガさんの優しさに触れて改めて礼を言い、おれは荷物を持ってその場を後にした。とりあえず政府関係者しか乗れない列車らしいから乗るときは海軍のコートのままの方がいいのだろう。
 時間が少し押してしまったせいかステーションではほとんど列車を待つこともなく海列車に乗ることができた。昔何度か乗ったことがあり、エニエス・ロビーよりもよほど思い入れがある気がする。


「……懐かしい」


 たしかサカズキさんと一緒に乗ったはずだ。初めて見た海列車に興味津々だったおれに異常がないか見回って来いと言ってくれたことを思い出した。あのときは任務だと意気揚々と向かったものの、今考えればどう考えてもおれに海列車の中を見せてやろうという気遣いだったに違いない。……気が付いてしまうとなんとも言えない気持ちになる。次会ったときには変な顔をしてしまうかもしれない。それはともかく、こういう機会は一度だってなかったわけだから、お土産を買って行って渡そう。今までの礼も込めてちょっとばかり良いものを送ったらいい。
 サカズキさんに何を渡したらいいのかと考えている間にウォーターセブンのブルーステーションに着いていた。ここからは休暇なのだ、と自分に言い聞かせてコートを脱ぎ、カバンの中に押し込んだ。降り立ったステーションは、あまり人影がない。街の中に入ると人だかりで……なんと言うか、異世界にでも来てしまったような気分だ。初めて来たというわけでもないのにそういう感想を持ってしまう。


「さて……と」


 とりあえず探すべきは宿屋だろう。二週間後にはモモンガさんの船にまた乗せてもらうつもりでいるから、二週間くらいは取れるところがいいが、宿屋なんてめったに使うことはないのでどちらに向かえばいいのか全く見当もつかない。地元の人間に聞くのが早そうだ。身軽そうな格好をしているやつがそうかと言えばわからないが、ウォーターセブンは造船所を中心とした街であるため、声をかけるなら船大工らしき人間でいい。行きかう人の中で腰に工具をつけている人間を見つけた。


「すみません」

「ん? なんじゃお前さん、ワシに用か?」

「ええ、地元の方でいらっしゃいますか? よろしければ宿屋がどこら辺にあるのか教えていただきたいのですが……」

「おー、旅行者か。いいぞ、ついて来い」

「案内してくださるんですか?」

「ちょうど今暇だからのう。お前さんついとるなァ」


 そう言って男はからからと笑ったのでおれは頭を下げて礼を言った。顔を見ると、彼は妙に鼻が長いというちょっと特徴的な顔立ちをしていた。愛嬌のある目と笑い方をするし整っていると言える部類なので、チャームポイントとして普通に受け入れられそうだ。職人だとは思うが客からの覚えもよくていいのだろう。
 案内をしてくれるという彼のあとをついて歩き出す。美しい町並み。流れる水路と建物の対比も素人ながらに美しいものなのだろうと思った。路地を入っていくと、男は指を差しながら振り返る。


「ここら辺は道が入り組んどるから初めてのやつだったら迷うし、気にすることはない。……お、見えてきた。あそこらへんはぜーんぶ宿屋じゃな。個人的にはあの赤い屋根の宿屋がいいと思っとる」

「わざわざご親切にすみません。ありがとうございました」

「いいんじゃいいんじゃ。じゃあ旅行、楽しんどくれよ」


 実に親切な男だった。……が、あれは本当に一般人なのか? この島一番の造船会社ガレーラカンパニーの船大工たちは強いという話を聞いていたが、あれは造船技術を会得するのと同時に得られるような強さではないように感じた。喧嘩をして戦闘をして自然と作られた身体でもない。人と戦うために作られた身体ではないか? ……そこまで考えて、すぐに思考を放り投げた。これじゃあ仕事をしているようなもんだ。するなと言われたのだから、しないように心がけねば。油断するとすぐにこれだ。仕事中ならこれでいいんだが……休暇ってのは、大変だ。
 ため息をつきながら彼の言っていた宿屋を訪れると清潔感のある内装の、雰囲気のいい宿屋だった。受付で二週間ほど取れるかと聞けば長期は一月からしかやっていないと言われてしまったので、一月いることはないが一月の契約で取らせてもらった。案内された部屋はベッドと窓、机などそれなりな感じだった。そこで一息つき、これからどうするかを考える。


「岬があったはずだからそこで修業をしてもいいが……」


 完全に抜けた場所だったと思うから、海兵に見られたりしたら面倒なことになりかねないし、一般人に見られてもあまりいいとは言いづらい。というか、修行や鍛錬なんて誰かに見せたいものでもなかった。一応軽く観光だけしたらさっさと違うところへ行くか……。シャボンディ諸島に行けばバレずに修業もできるだろうし、ちょろちょろとした海賊を倒す……のはマズいか。倒して報告をしないという手もあるが、それでは市民たちから脅威が去ったことを伝えきれず、倒した意味が半減してしまう。
 結局、シャボンディだろうがここだろうが海軍本部から近すぎるのである。全員に顔が割れてるとは思えないが、噂でバレる可能性は大いにある。かといってそれほど遠くに行ってしまえば一月以内に帰ってこれなくなってしまう。それでは本末転倒だ。


「とりあえず、休暇を送ったという証拠のためにウォーターセブンをうろつくか……」


 あと飯屋の位置を確認して、本屋に寄って適当な本を買って暇潰しにしよう。それからジャブラに言われていたロブ・ルッチがいるかどうか、か。人物捜しで暇潰し、というのもいいかもしれない。誰にも聞いてはいけない、というルールを決めて見つけるまでうろつく、というのはどうだろう。自画自賛になるがなかなかいい暇潰しの方法だと思う。どうせうろついているだけでは見つけることも厳しいだろうし、二週間くらい簡単に潰せそうだ。なんなら海列車で別の島に行ってもいい。なんだ、そう難しくはなさそうだ。


「じゃあ、飯でも食いに外に出るかな……」


 財布と部屋の鍵、そして腰にぶら下げた武器だけを持って部屋を出る。もし民間人が襲われているようなことがあれば仕事はしていいということになっているし、いつでもチャンスは逃さないつもりだ。
 女将さんに軽く挨拶をして出ようとすると、愛想よく手を振ってくれたあと、美味しい食事が食べられるところを紹介してくれた。表の町ならここがいい、裏町ならここがいい。なるほど、客への対応もなかなかいいらしい。あの長鼻の彼を頼ってよかった。「ありがとうございます」と頭を下げてから外に出た。たくさんの人混みの中を抜ける。さすが産業都市、よく栄えている。
 そうして教えてもらった飯屋に行き、食事を済ませていたら、店長らしき女性が声をかけてきた。にこにことした笑みは快活さが見えてこの都市の人間の明るさがよくわかった気がした。


「お兄さん見かけない顔だねえ、旅行者?」

「はい、そうです」

「ふうん、観光で?」

「ええ。ですがどこを回るか決めかねていて……」


 そう言うと店長は色々とお勧めの教えてくれた。ガレーラカンパニーの喧嘩がすごい、ここからの景色がいい、ここの何々はすごい、ヤガラには乗ってみたらいい……と本当に様々なことをお勧めしてくれるので、正直それではどこを回っていいものかわからない。一番のおすすめは無いものか。そう思っていたら、店長は今までで一番いい笑みを浮かべて、ぴんと人差し指を立てた。


「あたしの一番のお勧めはヤガラレースだね!」

「ヤガラレース、ですか?」

「そう。簡単に言えばギャンブルさ。どのヤガラが一番早く着くかを競うんだ。でも金なんか賭けなくたって勝負事は面白いだろう? だからおすすめ」

「……なるほど。じゃあ、行ってみます」

「ああ、ぜひ!」


 にっこりと笑った彼女の言葉を信じて、とりあえずこのあとはヤガラレースとやらに行ってみようと思う。思えばギャンブルなんて生まれて一度もしたことがないような気がするし、もしかしたら面白くてハマるかもしれない。ハマることができれば二週間くらい簡単に吹き飛ばしてくれることだろう。微かな期待を胸に、ピラフを口の中にかきこんだ。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -