「師匠だなんてとんでもない。ただの教育係ですし、大したことは本当に何も」


 実際、ロブ・ルッチの強さにおれはなんの手も加えていない。すこしだけ性格を矯正して組織の命令に逆らわないようにしただけだ。今考えてもなかなか面倒な仕事だったと言わざるを得ない。あの時のおれのやり方は最短でも最良でもなかったかもしれながいが、間違ってはいなかったと思う。暴力で従わせた方がよほど楽だったけれど、後々問題にされても困るし、傷が残って変なふうに慕われたり、恐れられたりしても困る。おれはおれの仕事を遂行した。彼はなるべくしてああなった。それだけのことだ。
 だがスパンダム長官には“教育係”という言葉だけで十分に重かったようで、ものすごい目で見られた。それほどまでにロブ・ルッチという暗殺者はスパンダム長官にとって絶対なのだろう。これではもう懐柔するに至らなそうである。これ以上ここにいる意味もないため、さっさとこの場を後にすることにした。


「そういうわけでジャブラさんとも多少の交流があるのです」

「ま、そういうわけだ」

「お、おう……そうか……」

「それでは、列車の時間もありますので、失礼させていただきますね」


 おれがそう挨拶すると先ほどまであれほど秘書官にと誘ってきたくせに、スパンダム長官はあからさまにほっとしたようだった。世界政府に従事するつもりもないし、切ろうと思えば切れる首、好かれようが好かれまいがどっちでもいいと言えばどっちでもよかった。頭を下げてから部屋をあとにすると、何故かジャブラまで一緒に外に出てきた。何か用があったのではなかろうか、と思ったが、探りを入れたと思われても面倒なのでそのまま言葉を交わすこともなく司法の塔を下って行く。
 数分経ち、おれは司法の塔を抜けるべく外に向かっているというのにまだジャブラはおれのあとをつけていた。たしかCP9の個人の部屋はすべて司法の塔にあったはずだが……なんだこいつ、おれを監視してるのか? こんなところで何かをやろうというつもりはないが、船まで着いて来られてはモモンガさんに迷惑だ。仕方なく足を止め、振り返る。ジャブラも一緒に足を止めた。


「どうかされましたか? それともジャブラさんもこちらへ何か御用が?」

「やっと聞いて来たか。待ちくたびれたぜ」

「ということは私個人にお話があるという解釈で構いませんか?」


 おれがそう問えばジャブラは肉食獣のようにニタリと笑みを作って「ああ、構わねェぜ」と頷いた。そして飛びかかるようにしておれの肩を抱いた。害意はなさそうなので、なぜこういうことをしてきたのだとかはこの際いい。だが、若干獣臭いのはどうにかならないのだろうか。まるで内緒話をするかのようにジャブラはおれに顔を近付け、ニタリと笑ったまま口を開いた。


「任務の事だから詳しくは話せねェんだが、ルッチの野郎は今潜入調査をしててよォ」

「……そうですか」


 詳しくも何も、少しだって話してはならないことだろう。そんなことはジャブラならばわかりきっているであろうことで、おれも聞きたくなんてない。情報収集だと考えて機密をあれこれと引っ掻き回せば自分に害を被ることになる可能性もある。既知は悪いことではない。だが、その機会はきちんと計らねばならないのだ。休暇に来て面倒なことを起こしたとなればおれの評価はだだ下がり。下手したら職を失う恐れだってある。そういったものはごめんだ。おれがそう思って返事はすれど、それ以上のことは何も聞いていないのにも関わらず、ジャブラは話を続けた。


「どことは言えねェんだが、もし仮に化け猫を見かけるようなことがあれば、どんな様子か報告しろ」


 報告? とおれは思わず首を傾げてしまった。何を言ってるんだこいつ、もしかしてロブ・ルッチを心配しているとでもいうのだろうか。ずっと仲が悪いと思っていただけに意外だった。首を傾げてしまったせいで、ジャブラは嬉々として語り出してしまう。


「面白ェこととか弱みになりそうなことがあったらなんでもいいからよ」


 そういうことか、と思ったのも束の間、おれのポケットに一枚の紙をねじ込んで「じゃァな、連絡待ってるぜ」とひらひら手を振ってジャブラは引き返して行った。……おれはとりあえずそのままモモンガさんへの船へと足を向けた。あの短い会話だけでも任務とやらが十分に察することができてしまって辟易とする。どことは言えない、なんて嘘みたいなものではないか。言ってしまっているようなものだとあいつは理解しているのである。というか理解させたいのだ、ロブ・ルッチの弱みを握りたいがために。
 おれの二つ名を知っている以上、おれが任務であちこちに行っていることは知っているだろう。おれが休暇であることも知らないだろうし、もしかしたら任務先で会うかもしれないと考え、ジャブラがおれに提案することもあるかもしれない。だがあくまでもおれは海賊を拿捕するだけであって、潜入という言葉が似合うような政治の匂いがするようなところへは足を踏み入れない。そもそも陸に上がるのだって海賊が逃げ込んだときか、物資の補給が必要なときだけだ。
 なのになぜ、ロブ・ルッチの話をしたのか? それはおれが列車を使うと宣言したからだろう。ロブ・ルッチはおそらく、海列車が繋げるどこかにいる。それがサン・ファルドなのか、セント・ポプラなのか、プッチなのか、それともウォーターセブンなのかは明確にはわからない。……わからないが、おおよその検討はついてしまう。


「……ウォーターセブン、か」


 政府内の噂は多少海軍にも入る。詳しい話は知らないが役人であるコーギーさんが出入りしていたはずだ。ウォーターセブンにはスパンダム長官の因縁もあるし、ほぼ確定と考えられるだろう。まあ、暇だし、目的ができるのはいいことだ。元よりカーニバルにも春の女王にも美食にも興味はない。海賊もちらほらいるだろうし、今後自分のためになりそうなのは造船所だ。そう考えれば、ジャブラからの誘導に乗ってやるのもやぶさかではないように思えた。


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