案の定、というか、なんというか。ドフィがやらかしてくれたおかげで早々にバレた。ドレイがいないだの、街を歩いてどうして跪かないのかだの、そりゃあ今まで神と同等に崇められていたのだから突然扱いが変わったら理解はできまい。おれと違い、ドフィは生まれながらにして神なのだ。よもや人間になれるわけもない。
 好機とばかり人々は集まり、寄って集っておれたちを迫害した。こいつらも心底馬鹿だなァ、と思ったが、父も母もやはり愚かだなァと思った。ドフィがやらかさなかったとしても、バレないわけがない。天竜人の空気というのは、明らかに下々とは違いすぎるのだ。

 まずは家を焼かれた。この時点で大部分を失った。おれが逃げるときに持ってきた宝石とナイフくらいしか現金になりそうなものはなかったが、売りさばけば多少なりともマシだろう。一家五人が暮らしていくのには、まず無理だろうけれど。
 天竜人でなくなったおれたちを、政府も天竜人も海軍も助けてくれやしない。むしろやつらだって、死ねばいいと思っているに違いない。建前上何もしないだけだ。
 さて、どうやって逃げ切るか。逃げ切れるのだろうか。少なくともあの父と母を連れて逃げるのはかなり厳しいだろう。どこか拠点を得て、ひっそりと息を潜めて待つことしかできないのだろうか。

 拠点となったのはゴミ山だった。ひどい悪臭と虫が気になると言えば気になるが、おれは前世で散々慣れているのでそこまで問題にもならなかった。だが、裕福な生活に慣れきった家族には辛そうだ。自分たちが尊いのだと考えるドフィには、よりいっそうに堪えたようだった。
 おれは普段付けているサングラスを外し薄汚れた格好に着替え、天竜人の一家から奪ったと言って一人でなんとか換金して、ひと月ふた月の食料は得て持って帰った。現金はまだいくらかあったが、次はないだろうな、とギラギラしたやつらを見て思った。
 ふた月経ったころにはまともな食料はなく、おれたちは街へ出なければいけなくなり、案の定顔が割れた。店はもう使えまい。街では迫害を受ける日々。いつでも徘徊しているやつらを見ると、もっと真面目に生きろと思ってしまう。ロシーを狙う足から、ドフィと二人、必死に庇った。こうでもしなければ小さな弟は、生き残れない。


「兄上、あにうえぇ……!」

「おれたちは大丈夫だから、泣くな」

「そうだえ、気づかれないように静かにするんだ」


 散々ボコボコにされたおれたちは、よろよろと裏路地を通ってあのゴミ山の拠点へと戻る。途中気づかれでもしたら厄介だ。また死なない程度にいたぶられて、ついでに拠点までバレたらかなり面倒になる。
 どうにか拠点まで戻ると、新たに傷を増やした父が待っていた。ぼろぼろと涙をこぼしておれたちに謝ったが、謝られても困る。盗ってきた食べ物を渡して、ロシーを寝かせた。おれたちは端っこで身を寄せ合うばかりだ。触れ合う肩が震えていた。


「アリィ、おれたちがどうしてこんな目に遭わなきゃならないんだえ……っ!! 戻りたいえ、っ」

「ドフィ……」


 ほかの家族の前では泣き言を決して言わないドフィが涙をぼろぼろとこぼして、そう言った。泣き方は、父そっくりだと思った。ドフィの手をそっと握って、目をつぶる。
 思い出すのはマリージョアの屋敷だ。綺麗な空気、綺麗な家具、綺麗な食事、綺麗な衣服、それらは今どれも手元には存在していないが、家族だけはまだあるのだ。おれに言わせれば、まだ悪くはない。マリージョアの屋敷でもおれたちはこうして寄り添って寝ていた。けれどそう、もし。


「戻れるんなら、戻りてえなァ、」


 父も母も弟も、そしてドフィも。皆が笑っていたあのときに。でもそれは、叶わないから思うことだ。──翌日、母が死んだ。もともと身体の強い人ではなかった。こんな汚いところで心労を溜め込んだら、こうなることは目に見えていた。欠けてしまった。もうもとに戻ることなど不可能だった。
 次にこうなるのは、ロシーだ。まだ幼い身体は、迫害に対する恐怖と痛みと、感染症に耐えられないだろう。ドフィはおれと同じ身体を持っているし、精神的にも迫害に対する感情は恐怖ではなく怒りだから、まだ大丈夫、だと思いたい。


「父上、そろそろここを離れたほうがよいのでは。ロシーが体調を崩したら持たないと思いますし、方々も苛烈さを増して、いよいよ殺されそうです」


 そう進言すれば、父は泣きそうな顔でまた謝って、おれの意見を受け入れた。ならばと少ない荷物をまとめ始めたおれの背に、──すまない、アリィにはわかっていたのだな、という声が聞こえた気がした。振り返れば至極情けのない顔がおれを見ていた。駆け寄って、抱きついた。細くなってしまった身体は、血の匂いがこびり付いている。


「いいのです、おれたちは家族でしょう」


 だから謝られても困る。おれはどんなことがあったって、父を愛しているのだ。それは揺るいだりはしない。
 また父が泣いた。背中を叩くと、嗚咽がひどくなる。ああ、なんと弱い人だろう。あのとき、もっとしっかり止めてやればよかったのかもしれないなァ。まあ、結果は同じだったろうけれど。


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