綺麗な空気。綺麗な住処。綺麗な家具。綺麗な食事。綺麗な衣服。綺麗な玩具。綺麗な両親。綺麗な弟。そしておれにそっくりな、双子の兄。いや、もしかしたら双子の弟かもしれない。帝王切開で同時に出されたおれたちに上下はなく、あるのは左右だ。同じ顔をして同じ手をして同じ足をしているのだから、当然、生まれた時間も同じだっただけのこと、らしい。そいついわく。 「ドフィ、何してんだ」 「アリィこそ何してるんだえ?」 鏡のような双子の片割れは、奴隷の男に銃を構えている。これから殺すつもりだったのだろうか。おれはナイフをくるくる回しながら部屋から出てきただけだ。二人で首を傾げ合って、そして笑った。 たたたとドフィに近付いて、ナイフが当たらないように肩を抱く。ドフィとおれは同じ顔で笑って身体を揺らした。 「もうそれいらないんなら、おれも混ぜてくれよ」 「いいぞ。今日は何するえ?」 「中開けて、医学書と同じか確認しようぜ」 「この前もやったえ」 「この前は女だったろ?」 「それもそうか。比べてみるえ」 ちらりと奴隷を見ると、真っ青になって身体を震わせて怯えている。子どもの会話が末恐ろしいのだろう。でも子供なんてそんなもんじゃないか。殺すことに対して何を思っているわけでもない。というか、殺しているという感覚すらないのだ。あれだよ、あれ。蟻を潰すのと一緒。虫の脚をもぐのと一緒。ただそれが、人間にするってだけだ。 「あにうえたち、なにをしてるの?」 突然後ろからかけられた声に、ドフィとおれが同時に振り返る。そこにいたのは綺麗な弟、ロシーだった。可愛い弟の登場におれたちは顔を見合わせて、にっこりと笑った。 「何もしてないよ、なあドフィ」 「何もしてないえ、なあアリィ」 ぴたりとあった言葉に笑みを深めておれたちは凶器をしまい、ロシーのもとに駆け寄っていく。奴隷のことなんて放置だ。あとは父か母が下に戻すなりなんなりすることだろう。運良く助かった奴隷のことは忘れて、ドフィとおれの間に弟を入れ、三人で手を繋いで歩き出す。 「ロシー、何かして遊ぶか?」 「なら、あにうえ、えほんよんで!」 「ロシーの好きなものを読んでやるえ」 「ほんとう!?」 きらきらにこにこ。綺麗な弟。可愛い弟。その弟を片割れと二人で可愛がって、ああ、なんて幸せだろうか。こんな日々が永遠に続くことを祈っている。祈っていた。こんな馬鹿げた裕福な生活が、永遠に続いてほしいと思っていた。 ・ ・ ・ 突然だが、おれ、ドンキホーテ・アルドンサには前世の記憶がある。今の生活との差は歴然としたものだったが、今と大差ないクズ野郎であることには変わりなかった。身体を売り、人を殺し、ゴミをあさり、強者に虐げられ、泥水をすすり、野良犬をかっさばいて食い、そうやって生きてきた俺にとって、信じられるものなど何一つなかった。血のつながった人間もいなかったから、俺に愛を教えるような人間はいなかった。だから、俺はこんなクズになってしまったのだ。それは変えようのない根本だ。 だが今生は違う。身内に殺され生まれ変わって、これほどまでに綺麗な両親から色々と与えられ、育てられている。周りは今どき奴隷だなんだと公言している時代倒錯的な前世以上のクズばかりだが、それでも両親のおかげで愛というものがどういうものかわかった気がする。愛する、信じられる人間を得たのだ。 おれは家族を愛している。 家族もおれを愛してくれている。 それが、今生でのおれのすべてになったのだ。何よりも大切にしなければならないことだ。何があっても家族が一番。それはどうあっても揺らがないものになった。 「正気か、ホーミング聖っ!!」 「神の地位を捨て、人間に成り下がろうなどと!!」 たとえそれが、地獄の入口だとしても。これから起こるであろう分かりきったありふれた地獄に向かっているとしても。揺らぐはずもない。父が決めたことなら、おれは着いていく。 だが、柔和で穏やかな父にはきっと、これから待ち受ける地獄など想像もできていないのだろうな。一応、忠告だけはするべきだろうか。罵声を浴びながら手をつないでくれている父を見上げた。 「父上、これからどうなるか、わかっておいでですか」 「ああ、アリィ、心配することはない。ここでなくとも十分生活できるのだよ」 父は知らないのだろうなァ、綺麗な水でしか住めない魚がいることを。隣で笑っている母は思考放棄でもしているのだろう。揃いも揃って愚かだが、ここまでの善人はそういない。クズのおれに愛を教えることができるのは、愚かなまでに優しくてやわい彼らくらいなものだったと思う。そうでなければ信じるだなんてことは、きっとできなかった。 「決して、後悔なさいませんか」 「勿論だよ」 何も知らずに、にこにこ笑って、ああなんとも愚か。この道は一方通行の黄泉路だというのになァ。賭けてもいい、彼らは絶対に後悔するだろう。酷い目に遭うに決まっている。そうでなくとも今まで他人に世話をされ、のほほんと生きてきた人間にまともに生活などできるわけもないだろうに。それでもおれは着いていく──だっておれたちは家族なのだから。 |