「いやーおもろかったなあ、あの兄ちゃん」


 41GRに向かっている最中、リュツィがおもむろに発した言葉に、ひどいからかい方をしたせいでかるく本気で吐いていた金髪の青年のことを思い出した。リュツィにキスをされておいて吐くとは、凄まじく勿体ないやつだ。リュツィのことを知っている人間からすればそれがどれほどレアな体験なのかわかるというのに。……ぴったりとくっついた唇。その唇を割った赤い舌。ちらりとリュツィの口元に視線が向かう。年甲斐もなくそんな反応をした私を、リュツィは鼻で笑った。


「なんや、レイリーえらい物欲しそうな顔しとるなァ」

「よくわかっているじゃあないか」


 だからと言ってリュツィは私にキスを送るような可愛い性格はしていない。それが彼らしいし、していなくていいとは思うが、たまには私にも優しさを分けてもばちは当たらんだろうに。ため息を吐いてもリュツィは笑うこともなく私の隣にいる。リュツィは私の前ではまるで笑わない。……隣にいてくれるだけマシ、というものか。しかしそれも終わりを告げる可能性があることを思い出して、歩みを止めた。リュツィは不思議そうな顔をして振り返る。


「おい、早いとこ終わらせなあかんのとちゃうんかい」

「リュツィ」

「……なんや」


 私の様子がいつもと違うことに気が付いたのか、リュツィは形のいい眉を少しだけ歪めて地上に降りてきた。今は私の腰ほどの高さしかないリュツィを、じっと見つめる。リュツィは私を見上げたまま、言葉の続きを待ってくれていた。


「お前は、誰か他の船に乗るのか」

「……、」


 ルーキーたちからの誘いに対し、否定も拒否もしなかったリュツィを見ていたら、むくむくと湧いてきたのは独占欲だ。それからちょっとした裏切り者め、という責めるような気持ち。今までは一度だって頷きはしなかったくせに。私の誘いだって、初めは断ったくせに。お前が頭を下げるのは、たった一人だけだろう? リュツィは私の気持ちなどわかりきっているだろう。責めている私の器量の小ささなど、理解しているはずだ。リュツィは珍しく口の中でもごもごと言葉を濁していた。そのとき一つの影が視界の端に映る。


「……黄猿や」

「あっちの方向は、……まずいな。行こう!」


 私は駆け出した。リュツィが着いてきていないことに気づきながらも駆けていく。今大事なのは、あの子たちに意思をしっかりと繋げること。亡くすには惜しい、ロジャーのようにどこか眩しい少年だった。
 走りこんだ先には、黄猿が緑色の剣士に襲いかかろうとしているところだった。どうやら間に合ったらしい。足の裏で黄猿の足を受け止める。レーザーは少々的外れな方向に飛んで行ってくれたようで、それによる怪我人は出ていない。黄猿の目がサングラス越しに私を捉えた。


「──あんたの出る幕かい、“冥王”レイリー……!」

「若い目を摘むんじゃない……これから始まるのだよ!! 彼らの時代は……!!」


 おっさーん! と私を呼ぶ声がする。泣いているのだろうか。ま、なんにせよ助かってよかった。しかし当然警戒を解くわけにはいかず、黄猿と他愛もない、意味もない会話をする。彼らもなまじ放心していて、ほんのすこし体力を回復するための時間稼ぎにすらならない。かとも思ったが、ルフィくんが叫ぶ。


「ウソップ、ブルック!! ゾロを連れて逃げろ〜〜!!」


 全員に逃げることだけを考えろ、今のおれ達じゃこいつらには勝てないと言葉を続けた彼は、思っていた以上に冷静な判断ができるようだ。意外な彼の言葉に私は笑みを作る。案外、私と黄猿の会話の時間も無駄ではなかったかもしれない。
 彼の仲間が散り散りになっていく中、黄猿も動き始めた。それを阻止するため刀を振りかぶり、黄猿へ一撃を食らわせようとしたがさすがにそこまで甘くはない。対面し、何度も剣を打ち合うが、やはり突破するのは難しそうだ。バーソロミュー・くまやもう一人もいる。逃げ切ることは厳しいかもしれん。くまに似た何かが、剣士くんを狙う。まずいな……あの怪我ではおそらく回避はおろか立つことさえ厳しいだろう。


「そこまでや、機械」


 凛とした声と機関銃を乱射したかのような凄まじい轟音が鳴り響いた。羽根はそれなりに消費しただろうが、すぐに生えてくるものだから心配はいらない。それに勝てないと考えれば、彼もすぐに別の形を取ってくれるだろう。ルフィくんのために……いや、それは少々違うか。


「来てくれて助かったぞ、リュツィ!」

「ええからお前はそっちに集中しぃや」


 リュツィがいるのなら、私は目の前の黄猿に集中することができる。一瞬ではあるが、黄猿はリュツィの名前に反応してくれたおかげで隙もでき、攻撃を一発、腹にお見舞いすることができたが傷は浅い。ぐう、と唸る黄猿は一歩下がる。私はためらいなく踏み込んだ。おそらく雌雄を決するまでには至らないだろう。負ける気はないが、勝てる気もしない。……完全に、年だな。リュツィのことが羨ましくなるような、そうでもないような。


「なんや……ほんまもんかい」


 リュツィの声に反応して視線を向ければ、そこには本物のバーソロミュー・くまが立っていた。手には聖書。暴君と言われる男にはやはり、似合わないがしっくりくる。いつの間にかリュツィの周りにいたはずの数人が消えていた。彼の能力によるものだとしたら……まずいか? だからと言ってリュツィが負けるようなことにはならないはずだ。リュツィは強い。それは私が今生で誰よりもわかっている。けれどリュツィは、避けられるはずのその攻撃を、避けようともせず。


「──リュツィッ!!」


 想像もしなかった光景が、目に焼き付いた。


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