下品な表現あり


「ああでも、もう公衆の面前で構ってもええんやなァ」


 まだまだ続く宴会の途中、度数のきつい酒を水のように飲みながらリュツィが言った。勿論視線の先にいたのはエースだ。少し離れたところにいたというのにリュツィの言葉が聞こえたのか、エースは身体をびくりと震わせた。ぎぎぎと錆びついた金具のような動きをして、リュツィを見る。悪魔のごとき美貌の男はエースに視線を合わせたままうっそりと笑みを作った。エースはひきつった変な笑みを作ったまま凍ったように動けなくなる。リュツィがおそろしいほどの美しさを持つ笑みのまま近づいていくと、レイリーが後ろから小突いた。


「こらこら、怯えさせるもんじゃあない」

「ん? 怯えた顔なんて珍しいやないか。誰かカメラ持ってへんのか、シャッターチャンスやで」


 リュツィは周りを見渡すとすぐに舌打ちをした。当然のように誰もカメラなど持っていない。まるで使えないやつらだ、とでも言いたげに顔を歪めているリュツィに、レイリーは笑った。それに反応して、リュツィはレイリーの脛を軽く蹴りあげる。


「なんやねん、言いたいことあるなら笑ってへんと言いや」

「いや? まるで親馬鹿のようだと思ってね。恥ずかしいから隠してたんじゃあないのか?」

「カッ。おんどれがバラしたんやろうが。ほんまどつくどワレ」


 恨みがこもっているのかレイリーが痛みを訴えるまで何度となく脛を蹴りあげてから、リュツィはまた歩みを再開した。エースは目の前にリュツィが来ても身動きが取れずにいた。周りをうろちょろしていた、と言っていたが、それが本当だったとしても、エースが自覚している初対面はインペルダウンの中だ。あのときは大した会話もせずに解放され牢屋の隅に隠されただけのことで、実質会話らしい会話は、これが初めてとなる。
 自分を、ずっと見ていてくれた人。目線を向ければそれは間違いなく“無貌”として懸賞金をかけられている美丈夫だった。本当に、こいつがおれの周りに? ぴりっとした空気が漂う。白ひげ海賊団はリュツィに気を許しているわけではない。何かあればすぐに攻撃できる体勢でいる程度には警戒していた。


「うろちょろしとったんは事実や。ほんま大きくなったなァ」


 緊張のあまりがっちがちに固まったエースのことなど気にしたふうもなく、頭をぐりぐりと撫でてくるリュツィはとても優しい顔をしていた。それもレイリーがわかりやすく驚くほどに。リュツィに頭を撫でられて、エースは身体の力が抜けていった。この目を、知っている気がしたから。
 いつとはっきり思い出せるわけではないが、辛い時、何かあったとき、エースを一時的支えてくれた親切な人が何人もいた。その人たちの目にとても似ている。それが変装したリュツィであったかどうかはエースには最早わからないし、きっと聞いたところでリュツィも教えてはくれないだろう。それでもエースはリュツィという男を信じることにした。わざわざインペルダウンまで助けに来てくれて、こんな優しい目で見てくれる男を信じないなんて、男が廃ると思ったからだ。
 撫でられていた頭を一度思い切り下げ、それからリュツィを見つめるようにして顔を上げる。整いすぎた顔はいっそのこと背筋を凍らせるほど恐ろしいのかもしれない。それでもリュツィはエースを見て笑ってくれていたから、エースは勇気を出すことができた。


「おれが、あの男の子どもだからって理由かもしんねーけど、近くにいてくれたんだよな! ありが、」

「ああ? んなわけないやん、誰がすんねん。そない面倒なこと」

「……え?」

「ロジャーはロジャー、家族は家族やろ。なんで頼まれてもおらんわしが見に行ったらなあかんのや」


 え? だなんて声がそこかしこから聞こえ、エースは思わずぽかんと口と目を開いて固まってしまった。意味が分からない。ロジャー海賊団の戦闘員で、ロジャーの息子だからこそリュツィは会いに来たのではないのか? それ以外に理由なんてありえないだろう。リュツィはどかりとエースの前に腰をおろして、はあ、とため息をついた。見た目に反して本当に人間らしい性格をしているようだった。
 レイリーがゆっくりと近づいてきてエースに、ロジャーが自分じゃなくてガープに頼んだことを根に持ってるんだ、と耳打ちした。リュツィはそれを見て眉を片方だけつり上げた。聞こえない距離ではないし、事実なのかもしれない、と思いながら、エースは何とも言えない顔になってしまう。そんな表情をしたエースに、リュツィはやる気のなさそうな目をしながら言った。


「わしはただロジャーのガキならさぞや小憎たらしいやろうし、ロジャーの代わりに一発ぶち噛ましたろうと思って行っただけや」

「えっ、今家族は家族って……え?」

「ま、でもなァ、ルージュの子ぉやし、生まれたばっかの子供やしなァ、素直に可愛いと思うたわ」


 胡坐をかき、膝に肘をついたリュツィは、まっすぐにエースを見た。訳の分からないことを言っていて、正直、エースにはリュツィという男を理解できずにいる。けれどそれでも、リュツィがエースを見る目は、エースを通してゴール・D・ロジャーの姿を見ているものではなかった。なんだ、最初からおれを見てくれている人はいたんじゃないか。それだけでエースにとっては十分だった。
 ありがとう、と言ってエースは頭を下げる。すこしだけ泣いてしまいそうになって、声がわかりやすく涙ぐんでしまう。頭上でカラカラとリュツィが笑って、顔を上げるように言ってくる。エースが顔を上げれば端正な顔が優しげに微笑んでいて、相手は男だというのにどきりとしてしまう。リュツィはほんのすこし涙の浮かんでいたエースの目を指先で拭った。


「なんやァ、礼を言われることなんてしてへんで」

「そうだろうなァ、リュツィに付きまとわれたということは情報がだだ漏れということだろうからなァ」


 きょとん、としてエースはリュツィとレイリーのことを見た。情報がだだ漏れ? 自分の何を知っているというのだろうか。知られて困るような悪行も特にはないし、家族に隠しているような重大なものは既にセンゴクにバラされた。エースが首を傾げていると、リュツィは涙を拭っていた手をゆっくりと下げていき、エースの唇を親指で撫でた。色っぽい仕草にぞくりとしたのも束の間、エースはまたも固まった。


「せやなァ……初恋の相手から初めての自慰のオカズ、初体験の体位までなんでも知ってんでェ」


 ニヤァ……と悪い顔をして笑ったリュツィの発した言葉に、レイリーを除いた周りの全員が言葉を失った。付きまとっていたからとはいえ、どうしてそんなことを知りえるというのか。周りがそうして怯える中、リュツィがエースの耳に唇を寄せて何かをぼそぼそとつぶやいた。周りの誰もが耳をそばだてたが音を拾うことはできなかった。
 エースは聞いているうちに顔をかあーっと真っ赤にさせ、勢いよく立ち上がるとリュツィを見る。リュツィはいまだにニヤニヤとした笑みを絶やさない。ぷるぷると震えたエースは大きな声で怒鳴った。


「なんでお前がそんなこと知ってんだよっ!!」

「さあ、なんでやろうなァ?」

「プライバシーの侵害だろ!? そういうのは!」


 エースが真っ赤になり涙目になってしまっていることからも、リュツィの言ったことが事実であることはたしかなのだろう。周りは皆ぞっとしてリュツィに目線を向ける。リュツィに好かれるのもリュツィに嫌われるのも、どちらもいいことがないではないか。末恐ろしい男だった。
 顔色を悪くしたバギーが、まさかリュツィさんが初体験の相手に化けてたとかないですよね、とつぶやいて周り一斉に阿鼻叫喚、あちらこちらから悲鳴を上げた。特にエース本人は真っ赤だった顔を真っ青にさせている。誰もが疑わなかった、リュツィにならたしかにそれができるからだ。しかしリュツィはニヤニヤ顔をしまって、一気に不機嫌な顔つきに変わった。


「んなことするかい、アホか。男に抱かれる趣味なんかないわ。大体なァ、そないなったらただのキチかビョーキやで。ほんまやめろや、変な噂になったらどないすんねん」


 大体あってんじゃねェか、とは誰の言葉だったか。そんなことを知っている時点で十分に病気でおかしいと周りの人間は思っているのに、リュツィ本人はまだまだ一般人のくくりの中にいるつもりらしい。
 とにもかくにも知られていたとしても相手じゃなかっただけで安心したエースは、深いため息をついた。もし自分の初体験の女が本当はこの男だった、なんてことになれば、この場でぶっ倒れていたという自信だけはあった。そんなエースの姿を見て、バギーが拳を床にたたきつけた。


「おれにはリリィちゃんでやったくせに……!」

「あんなん可愛いイタズラやん。つーか誤解されそうなこと言ってんじゃねーぞ、ああ?」

「ヒッ、で、でもリュツィさんに女紹介したら片っ端から寝取られるし!」

「女なんて掃いて捨てるほどおるのにお前の女なんぞ寝取るかい。向こうが勝手に惚れるだけやろ」


 言ってみてェわ、そんなセリフ……とエースがつぶやいて、周りもそれに同調するように頷いた。

カプリチョーソサディスティック

リュツィフェールのその後番外編で主人公がエース君を構い倒してるお話@sioさん
リクエストありがとうございました!



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -