──ああ、どうしてこんなことになってしまったのか。

 ロジャーの宿敵であるはずの白ひげのモビーディック号の上で、何故かおれは囲まれている。しかも一定の距離を保って。おれのことが怖いんだったらおれのこと呼ぶなよ。お前らが来いって喚いたんじゃねえか意味わかんねえ。しかもなんで普通にレイリーが船に乗ってんだよ。やあ、じゃねーよ。ぶっ叩くぞ本当にこいつ。そんな気持ちをこめて睨んでみても、全然へこたれないこの男の事が心底ムカついて脛を蹴っておいた。痛がってやがるざまあみろ。そのせいで視線を集めたがそんなことは別にいい。
 白ひげがおれに礼を言ってから乾杯の音頭を取って宴会は始まった。が、当然のように隊長格の連中はぴりぴりとしていてとても楽しめそうな雰囲気ではない。おれの大艦隊全員殺す発言が効いているということもあるだろうし、古参の連中は一度や二度おれやレイリーと戦ったこともあるだろうし、インペルダウンから脱走した連中なんかも乗っているから白ひげが狙われないかどうか心配なのだろう。端に座っているとはいえ、本来なら絶対に来ないであろうクロコダイルまで乗っているのだからそれはそれは気が気でないだろうが、だったら乗せんなよアホか。


「ん? リュツィ、酒が進んでいないようだが?」

「そらこんなに視線集めてたら美味い酒も不味くなるやろ」

「視線を集める事には慣れているだろうに」

「まあわしゃ美人やからな。見たくなるのもしゃあなしか」

「そうだとも」

「お前が美人だから見てんじゃねェよい、“無貌”!」


 レイリーと他愛のない言葉を交わしていたらギッとこちらを睨んできた男がいた。たしか、一番隊の隊長の……なんだ、あの、不死鳥? だった。正直隊長とか別に興味もないし、いちいち名前なんて憶えてないが、パイナップルみたいな髪型の男がそう怒鳴る。先ほどからおれたちに近づきたそうにしているエースを押さえているので気に食わないやつでもあるが、注がれた酒を呷りながら一応言葉を返してやる。


「美人ってことは否定せえへんのか」

「事実だから否定のしようがないのさ、リュツィ」

「せやな、わしゃあどっからどう見ても美人やからなァ」

「あーッ! なんだよこいつ! 訳が分からねェ!」

「若いやつはなんやかりかりして嫌やなァ、レイリー」

「逆に年を取ると感情的になれなくなって悲しいものだがね」


 あー、たしかに、なんてレイリーとくだらない会話をしていたら、不死鳥がぶち切れるし面倒くさくなってきた。しっしっと犬を追い払うような手振りをすれば、不死鳥はでかい声を出して苛立ちを発散しようと必死になっている。なんだこいつ面白いじゃねえか。喉の奥で笑っていると、横からそろそろと誰かが近寄ってきた。ちらりと目線を向けると久しい顔がそこにはあった。


「おお、バギーやん、元気しとったかお前ーっ!」

「おひさしぶ、っリュツィさん痛ェ! ハデに痛ェ!」

「ああすまん。昔やったら首もげてたかもしれんな」


 二十年ぶりくらいに会ったせいでテンションが上がってしまい、うっかり思い切り頭を撫でてしまった。もう少し力を入れていたらぽーんと首が飛んでいたかもしれない。まあバギーはいざとなれば自分から首を外すこともできるだろうし、そんな心配もいらなそうだが。
 それにしてもまあ、バギーも立派になった。シャンクスが赤髪なんて呼ばれて四皇をやっていることを考えればいまいち振るわない成績と言えるかもしれないが、バギーはバギーでシャンクスはシャンクスだ。膝の上に乗せたらさすがに嫌がられそうなので、隣に座らせて話を聞こうとしたら先ほどよりも視線が集まっていた。せっかくの再会に何水をさしてくれてんだああん? という気持ちを込めて視線をやれば、辺りからは一斉に睨まれる。バギーがいるのに邪魔するようなうるさい視線にすこし苛立ちがつのる。


「あんなァ、じろじろ見るのやめや。わしゃあ見世物とちゃうで」

「警戒してんだよ!」

「そうだそうだ! てめェのことなんか信用できるか!」

「……はー、白ひげェ、なんやこいつらは。お前の教育がなってないせいやで」


 きちんとせえよ、と言えば、白ひげの連中が殺気立つ。馬鹿にされたと感じたのだろうが、たかが軽口ではないか。そこまで殺気立つ必要性があるのか? 悪意を込めた覚えはないし、悪意の有無くらい嗅ぎ分けろというものだ。てめェどういうつもりだとか親父に喧嘩売ってんのかとかなんだとか喚き散らすものだから、その罵声に応えてやることにした。


「白ひげがなんやら言われるんは、おどれらの態度がなってないからやろ?」

「んだとォ!?」

「助けてくれとも言うてへんのに勝手に来たおどれらを、無傷でここまで連れてきてやったわしにその態度やないか。しかも誰がこの船に乗せてくれ言うた? わしとちゃうで、おどれらが乗れ言うたから乗ったんや。なんや、わしを捕虜にしたつもりか? せやったら宴会なんぞせんと縄なり手枷なり用意せえや」


 恩着せがましく言うのは好きじゃあないし、自分でもこいつらのような態度を取っただろうから棚上げだが、おれがいなかったら無傷であの場を切り抜けることはできなかったという自負はある。どうでもいい感じに場の空気を乱せて本当によかった。あ、エースやルフィたち脱獄囚は既に怪我をしていたからあとでちょっくらインペルダウンでも暴れてやろうか。
 すこし思考が脱線しつつも白ひげの部下からは視線を外さない。こんな喧嘩腰の言葉で友好になれるわけももないが、視線さえ違うところに向けてくれれば儲けものだ。仮にもしそれがかなわなかったとしても今のように見られていることには変わりないのである。だったらおれは嫌がらせのような言葉を吐いてやる。やつらの視線に込められた思いなどは二の次だ。おれが気遣ってやる必要がどこにあると言うのか。


「こらこら、人様の船で暴言吐くようなもんじゃないぞ。うちの品格まで疑われるだろう」

「ロジャーがアホで品のない男なんは今更やわ。寧ろうちの船で一番アレな感じやった。せやろ、バギー?」

「いやリュツィさんそれおれには答えられねェよ!」

「まあたしかに一番あいつがアレだったな。頷いておくといいぞバギー」

「副船長まで!」


 おおよそモビーディックの上で話すような内容ではないが、しばらくぶりにロジャーの話ができたことは嬉しかった。だというのに視線をこっちに向けて再会をぶち壊しにしたのだ、どう考えたってあっちが悪い。しかもグラララなんて笑いながら白ひげが「悪かったなァうちのが」なんて謝ってしまえば彼らも謝るしかなくなるのである。まあ別に謝られるほどのことでもないのだが……。そんな感情を察知したかのようにレイリーが笑って話し出す。


「いやいや気にすることはない。そもそもリュツィに微妙な感情の機微を察してくれなど土台無理な話なんだ。なんせこいつは基本的に零か百の極端だし、人とは違う価値観を持ってるからな」

「なに貶してくれてんねん、わしかてわかるわそれくらい」


 寧ろ能力的に感情の機微には聡い方だ。まあ聡いとは言え、仲間以外を慮ってやる気がないので疎いのと何らかわりはないと言われてしまえばそれまでだなのだが。価値観云々にしてはおれに限ったことではなく、誰だって同じものを共有しているわけがないので、レイリーにそんなことを言われたくない。


「いいや、お前は極端だよ。いくら好意を踏みにじられたとは言え、助けようとしていた相手がわざわざ危ない目に会いに来た程度で殺そうとするのなんてリュツィくらいさ」


 こ、好意!? とレイリーの言葉に驚いているやつらばかりだ。そりゃあ戦争を避けさせてやろうって思ってんだから普通に好意だろ。何を言ってんだこいつらは。すこしものを考えてみた方がいい。嫌われてんじゃねェのか? なんて誰が発したかもわからないわからない言葉に、レイリーは高らかに笑って見せる。


「まさか! 嫌いだったらとっくにきみらは殺されてる。当然だろう?」

「グラララ!! “無貌”てめェ、おれたちが好きなんじゃねェか。素直になれよ」

「ああ? 勘違いもええ加減にせえよ、耄碌ジジイ」

「てめェもジジイだろうが。若作りも大概にしろってェんだ」


 白ひげたちのことは別に嫌いではない。好きか嫌いかと言われると、すこし回答に困るが好きと答えるだろう。嫌いではないのだから、そりゃあそうなる。だがこれと言って別に好きというわけでもないのだ。そもそもおれが好きだと言えるのは数少ない友人と仲間、そしてその身内くらいで、白ひげはおれのお友達でもなけりれば仇でもないのだから、好きも嫌いもあるもんじゃあない。


「エースくん、きみは気付いていないだろうけれどこいつはね、きみの周りをうろちょろしていたんだ」

「へっ?」

「レイリー……!」


 そうやって一応ポーズとしておれと白ひげが睨みあっている隙に、レイリーのやつは不死鳥の目を掻い潜ってエースに近付いていた。しかもあの野郎絶対に余計なことを言うはずだ。おれの五感がそう告げている。まずいと思って近寄ろうとしてもレイリーの口が余計なことを言う方が早かった。


「定期的に東の海に行っては、きみを見守ったりたまに話し掛けたり助けたりしていたようでね、帰ってくるたびエースがこんなに大きくなったと嬉しそうに語っていたものさ……ああそうだ、あいつはきみの成長アルバムを持っているから見せてもらうといい」


 違う! と言えればよかったのだが、事実であることとエースが驚きながらも感動したような目でこちらを見てくるものだから否定できなくなる。うっ、と言葉に詰まって視線をそらせば周りからは驚きと共に微笑ましいとばかりの笑顔が向けられていた。なんだあいついいやつなんじゃん、素直じゃないんだからー、みたいな空気はやめてほしい。敵対心向けられてた方がよっぽどましだ。
 おれがそういうふうに思うことなど百も承知だろうに、レイリーは澄まし顔でいい酒をがぶ飲みしていて腹が立つ。背中を軽く蹴飛ばせば、普段はまだ若いと言ってるくせに今日に限って老人は労れと言ってくるものだから余計に腹が立ったが、老人なのは事実なので仕方なく腰を下ろした。ため息をつきながらちらりと目線を向ける。


「……余計なことをぺらぺらとよお喋る口やのう、レイリー」

「んん? ……気に入らないのなら物理的に塞いでみたらどうだ?」


 レイリーはおれの唇を指でなぞり、分かりやすい挑発を噛ましてくる。普段ならその手を払いのけて鼻で笑ってやるところだが、宴会やらのときはなるべく乗ってやることにしている。乗った方がまず盛り上がるものだし、ロジャーの船に乗っているときはこういう下世話なネタもよくやったものだ。
 真正面から顔をつかんでそのままいきおいよく頭を甲板に叩き付けてやる。勿論力加減はしているが、それなりには痛いだろう。レイリーが文句を言う前に馬乗りになる。いやはや、シワが増えてる。レイリーも本当に年を取った。にやァとなるべく悪く見える笑い方をしながら顔を近づけていく。


「なんやレイリー、公開レイプをお望みやったとはなァ、すまんな気が付くのが遅れて」

「……落ち着けリュツィ。さすがの私も人前は嫌だ。せめて部屋へ行こう」

「ああ? 公開がええからいま誘ったんやろ? 安心せえ、何度も気絶するほどヨくしたるわァ」


 ふはは、とわざとらしく笑っていれば、バギーが止めに来る。そういうのはダメだってー! だのなんだの。しかしそうやっておれを止めに来たのはバギーだけで、何故か空気はしんとしていた。うちの船とは違うし、ノリが合わなかったかと顔を上げれば、ほとんど全員が凝視して固まっていた。しかも引いているんじゃあなく、興味があって顔がそらせないようにしか見えなくて寧ろこっちが引いてしまった。


「……なんやおどれら、そこは気色悪いと叫ぶなり止めに入るなりするところやろ。何まじまじと見とんねん、こんなジジイの公開レイプ見たいとかどんだけ欲求不満やねん気っ色わるゥ……」

「ハハハ、リュツィ、それは私にも失礼だぞ」


 欲求不満というフレーズが効いたのか、違うのだと叫ぶように言葉を返す連中の頬はやはりやや赤い。絶対に欲求不満じゃねえか。わあわあとうるさいこの空間の中、笑う白ひげと黙りこむクロコダイル、肉を食うことに集中していたためかことを理解していないらしいルフィの三人が目についた。そうして宴はまだまだ続いていく。馬鹿騒ぎもたまには悪くなかった。


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