「“諸君らに話しておくことがある。ポートガス・D・エース……この男が今日ここで死ぬことの大きな意味についてだ……!!”」


 処刑三時間前になって、センゴクが口を開いて言った。軽く視線を上げてセンゴクを見上げると火拳と並んでいる姿が見える。電伝虫を通して聞こえてくるのは火拳に関する出生らしく、センゴクが父親の名前を言ってみろ、と火拳に問う。火拳は薄暗い顔で沈黙を守っている。まるでお前らなんかに言うことはない、とでも言いたげだ。けれどもう一度センゴクにせっつかされると、小さく口を開いて白ひげと答えたようだった。そこからの展開はまさに怒涛。──火拳のエースは、海賊王の息子。本来ならばざわつくべき凄まじい事実だというのに、誰も言葉を発さない。おれは唇の端を上げた。海賊王の息子が生きていた。このままこいつが逃げた方が、面白いんじゃあないか?
 全てを伝えきったのちも、火拳のやつは口を噤んでいる。俯いたまま、話すことなどないと言ったように。おれのイメージしていた火拳とはだいぶ違う。もっと反抗したり、抵抗したり、それができずとも口答えくらいはするものだと思っていた。期待外れと言えば期待外れだが、それだけ心が折られているということか?
 何か言いたいことはないのか? そんなふうにセンゴクが口を開いた。おそらくセンゴクも火拳が黙っていることが気になったのだろう。違和感と言ってもいい。何か、企んでいるのかもしれない。そう感じたのだ。


「ん? せやなァ、そないなこと発表しおったら、白ひげたちも自分らも後々大変やろなァと思うたくらいか」


 火拳は、何事もないかのような顔をしてそう言った。何が起きているのかわからず、辺りがざわつき始める。どういうことだ? 火拳の様子が変じゃないか? あいつは何を言いたいんだ? 白ひげの連中は親父って呼ぶんじゃないのか? 様々な声が飛び交っているのに、自分の中にそれらの声は入ってこない。入ってくる音はただ一つ。


「いや、別にわしはええんやけどな。今じゃあほとんど関係のないことやし」


 火拳の声で発せられる独特のイントネーション。どこかの国の訛りだと思われるそれから連想し、頭の中に浮かぶのは、史上最悪の一人の男だった。一度だけ遭ったことのある本当の姿を知らない男の名が浮かんでは消え、背筋を何かが駆け上がっていく。これは高揚か? それとも、恐怖か。唇は相変わらず笑いっぱなしだったが、自分がただ喜んでいるだけとは思えない。意識もせず、ほんのすこしだけ身を引いていた。
 おれと同じ想像をしてしまったものは、多くも少なくもなかった。三大将が立ち上がる。センゴクが驚いた顔で見下ろす。中将の数名が処刑台を見上げる。鷹の目が動き、モリアが引き攣った笑みを浮かべ、ふと、誰かの震えた声が発せられた。


「──“無貌”?」


 ずいぶんと遠くにいるのに火拳であったはずの男がニタリと悪魔じみた笑みを浮かべたのがわかった。


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