おれは今、もうダッシュで逃げている。猛獣なんて嫌いだ。ああ、本当に嫌いだ。獣臭いやつが帰ってくると聞いたらおれは逃げるしかない。立ち向かえるほどの力があったらどれほど幸せだったことだろう。本当に難儀な職場だこの野郎クソ野郎! なんでおれがこんな目に遭わなきゃなんねえんだよ! クソ、猛獣なんて死滅しろ! 餓死すればいいんだ! もしくは草食になれ、マジで! 鼻利くおれだが、今日に限っては何故かうまく位置を判別できない。なんかあっちこっちで花の匂いがひどい。結構鼻が痛いんだけど……


「見つけたぞ、ゼクス」

「きゃああああああああああああッ!!」


 舌なめずりしたルッチが廊下の先に現れて、思わず悲鳴を上げてしまった。しかも女の子みたいな可愛いやつ。ちょっと恥ずかしいじゃねーか! しかし羞恥を感じている暇などない。おれはこれ以上の速度が出ないだろうと思うほどの剃を駆使してルッチから逃げ出した。でもヒョウの剃の方が人間の剃よりも早い。オーノー。絶望的過ぎて逆に笑顔になりそうだ。もう本気で逃げなければ生命の危機に瀕していると判断して、おれは能力を使うことにした。……逆効果になりませんように!
 そう思っておれは能力を使ってイタチ……というかフェレットになった。こっちの方が逃げるのには適している。人間サイズのフェレットとか結構こわ可愛いと思っているのだが、ルッチに追いかけられる原因にもなっている。ヒョウ人間であるルッチくんから見てイタチ人間のゼクスくんはとてもおいしそうに見えるということだね! 嬉しくねえ! 勢いよく加速して自室に入り込み、鍵をがちゃんと閉じる。しかしここで安心してはならない。ドアくらいの防御力、誰が信用に置けるというのだね?
 ダァン! とドアを叩く音がして、おれは人間に戻ると慌てて窓から飛び出した。これでもCP9の一員だ、こんなとこから飛び出したくらいでは死なない。下に行くより見付かりにくいかも、と壁を登って上の階のお部屋にお邪魔する。


「きゃあ!? ゼクスさま……!?」

「ご、ごめんね! 今ルッチから逃げてんの! あとでもふもふさせたげるから!」


 そうしたらメイドさんがお掃除していた。そりゃあいきなり窓から人が入ってきたらびっくりするよね、おれもすると思う。謝っている間に下の階で破壊音。グッバイ、おれのお部屋……! 今日はカクの部屋に泊まらせてもらおう。メイドさんを無視してそのまま部屋を出る。おれはどこに行くべきかと一瞬だけ考えてしまってタイムロス。追ってきてるんだからとりあえずどっかに逃げないと!!
 走りながら色々と思考する。誰ならおれを助けてくれるか。答えはブルーノかカリファだ。カクは気まぐれに見捨てるし、ジャブラはむしろ危ないかもしれない。クマドリはすぐに腹を切っておれのことを放置するし、フクロウは好き勝手話しておれの居場所をバラす敵だ。あいつは敵!
 カリファはどこにいるかを匂いで判断しようとしたらやっぱり花の匂いがすごすぎてわからなかった。あーッ、くそ! もういい! 長官に言ってやる! 長官には止められないかもしれないけど、止められなかったら長官も巻き込んでやる!


「あ、ゼクスチャパー」

「え」


 廊下を曲がったところでフクロウにばったり。ヤバい、と思った瞬間叫ばれた。ダッシュで逃げ出しても、ルッチが迫ってきていることだけは明確にわかる。若干獣くせェんだよ! クソおおおおおお! 足音が聞こえてきたのと、長官室の扉が現れたのはほぼ同時だった。気のせいかもしれないがルッチの笑い声が聞こえる気がする。おれが必死で逃げ惑っているというのに、あいつはなんであんなに楽しそうなのだろうか。こわい! 捕食されたくない!


「うわっ! アッチィ! って、何やってんだお前! 危ねェだろ!」

「長官! ルッチ止めてルッチ!!」


 長官室の扉を蹴破って飛び込んだら長官が驚いてコーヒーをぶちまけていたけれど、それはおれが来なくてもやっていただろうから関係ない。おれは素早く長官の後ろに隠れて、ドアの向こうからやってくるであろうルッチを指差した。長官は「あ?」と言いながら視線を向けて、盛大にコーヒーをこぼした。


「ぎゃあああああッ! おまえ! お前どっかいけ! おれまで危ねェだろうが!!」

「長官の馬鹿ああああ! おれが食われちゃってもいいの!?」

「おれが無事ならお前なんぞ死んでもいいわッ!」


 さすが長官、相変わらずクズだ。だがそれがいい。じゃ、なくて! 目の前にはいつの間にか人獣化したルッチ。あ……おれ、今日こそ死んだかも……? 顔から綺麗に血の気が引いていっている。おれが後ろに隠れたせいで、長官まで半泣きだ。大丈夫ですよ、長官なんてまずそうだから絶対に食べないと思うし。二人でかたかた震えているというのに、ルッチの奴はゆっくりとこちらに向かってくる。ぎらぎらとした目は完全に欲にまみれていて、おれは食われると確信した。


「いやあああああっ、おれ非常食じゃないからあああああ!! カリファ! カリファー! カリファー!!」

「誰か助けに来いよバカあああ! ルッチ止めろォッ!」


 喉がはちきれんばかりに叫んでもルッチは引いてくれない。長官も半狂乱。おれも間違えてフェレットになっちゃうくらいには半狂乱。どでかいフェレットが長官の後ろでうねうねしている様はきっと異様だろうけれど、もうどうにもならんのである。目の前にはヒョウ。後ろには……窓! 慌てて人間に戻って窓に向かった。めっちゃ高いしうっかり失敗したら海にダイブして死ぬかもしれないけどまあいい! あ、月歩あるから大丈夫! やったね!


「おいこらゼクスー!! 巻き込んどいておれをこんなとこに置いてく気かテメェ!!」

「うるせー!! こんなとこで食われるくらいなら自殺した方がマシだあああッ!」


 飛び降りようとしたところ、後ろからがばりと長官に抱きつかれて失敗した。おれは長官を腰につけたまま、ばちりとルッチと目があった。え、なんか、怒ってない? 気のせい? さっきまでおれのこと追いかけてめっちゃ楽しそうだったくせになんで機嫌悪いのこの子?! 最早悲鳴も出尽くして、長官と抱き合って窓の下で震える。このままじゃおれ、走馬灯見えちゃう……!


「そこまでよ、ルッチ」

「……チッ」

「カリファ……!!」

「よくやったカリファ!」


 もう死ぬ! もう泣く! と思ったところで先ほど叫んだことが身を結んだのか、カリファが来てくれた。カリファがいなかったらおれは死んでいたことだろう。長官と二人で生命のありがたみに触れて、本当によかったと抱き合っていると、ルッチからの視線が痛かった。素早く長官から離れ、カリファの後ろに隠れる。


「シャーッ!」

「あら、相当嫌われてるみたいねルッチ。ゼクスに威嚇されてるわよ」


 その点私は、とばかりにカリファがおれの喉を撫でる。おお……ゴッドハンド……。思わず機嫌がいい時のクックックッという音を出してしまうほどだ。こういうことしてくれるから飼われるならカリファがいいな、と常々思ってしまう。おれがカリファにデレデレしていると、ルッチが完全に殺意の波動に目覚めていた。ひ、ひい! おれはビビりすぎて耳を隠して座り込む。何を言っているのかはわからなかったけど、カリファが何かを言っていて、長官が驚いて、ルッチは余計に不機嫌だった。


「好きな子を追い掛け回して怯えさせるだなんて、あんまり頭がよくないのね」



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