オリキャラ、主人公×モブ女要素あり



 どうにもならないことが、ある。

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 その日も朝早くに起きて職場に向かった。借金が嵩んで、最近では普通の出社時間に借金取りが来るようになってしまったからだ。ギャンブルでできた借金を返さず、迷惑をかけているなんて我ながらクズな理由だと思う。それにしてもどうもこうも弱いとわかっているのだからそろそろギャンブルから足を洗った方がいいだろう。金を返す当てがないわけではないし、さっさと返してしまおう。ああでも、どうせまたギャンブルに手を出す気がする。酒は身体を壊すからダメだし……こうなったら女か。しかしこんなことで一生付き合っていくような女を選ぶのはさすがに気が引ける。というか、好きでもない女と一生添い遂げられるわけもない。じゃあやっぱりギャンブルだ。そして借金取り。それがおれにはお似合いということだ。クズのおれには。


「おお、早ェなルッチ」

「“寧ろこっちの台詞だクルッポー。お前また借金取りから逃げてるんじゃねェだろうな?”」

「大当たりだ」


 ガレーラの門に着いてルッチと顔を合わせるなり借金の話題になったからそう言葉を返した。ついでにグッと親指を立てれば、容赦なく工具が飛んできた。あぶないやつだ。第一大工にとって工具は命。こんなに簡単に投げていいものではないというのに。そう思ってすぐにその考えを振り払った。──だってこいつ、大工なんかじゃあねェんだから。
 おれは目の前にいるロブ・ルッチという男がCP9という機密組織の人間だということも、政府の暗殺者だということも知っている。前世のマンガに載っていた人物だ。ついでに言うとおれも載っていた。パウリー、破廉恥破廉恥うるさいロープアクションの男。ルッチとカクとカリファとブルーノは、おれたちを裏切る。正しく言うと、初めから仲間でも社員でもなく、政府機関の人間なのだ。裏切るだなんて、烏滸がましい。


「危ねェなァ……ほら、返しとくぜ」

「“誰が悪いのかよく考えろ、バカヤロウ”」

「はは〜、まったくもってルッチさんの言うとおりで!」


 こうして笑っているルッチはおれのことなど歯牙にもかけず、アイスバーグさんのことを殺そうとする。ガレーラは多大な被害を被って、しばらくまともに機能しないだろう。いや、そもそもルッチは笑ってなんかない。ハットリに笑わせているだけなのだから。さっさと追い出すべきだろうか。追い出したところで結末なんて変わらないだろうが、それでもアイスバーグさんに言った方がいいのだろうか。こいつら、政府の人間なんですよ、って。


「あれ、パウリーじゃなぁい」

「あ? なんでお前がこんな時間に」

「仕事帰りよぉ、馬鹿ねぇ」


 後ろから突然話しかけてきたのは小さな頃、近所に住んでいた少女だった。今は商売女として生きている。どうやら人気だと噂に聞いたが、おれは女を金で買うほど金に余裕もないので詳しいことは知らない。さすがに本人に直接聞くというのも憚られる。けれど商売女を家に泊めることは滅多にないので、朝に帰ってくるということは多分、人気のある女に育ったのだろう。見目はたしかに美しいし、女らしい体つきもしている。きっとそういうことなのだろう。


「寧ろあんたが早いわぁ、もう仕事ぉ?」

「いや、借金取りが家まで来るから早く来たんだ」

「あんた馬鹿ねぇ」

「お前にゃ言われたくねェよ」


 ギャンブルで借金した男と彼氏の裏切りで商売女になった女が幼馴染みだなんて、本当にアホな二人だと思う。おれはともかく向こうは話し方もアホっぽい。語尾を伸ばす女は男受けがいいのか? 個人的には親しくない人間のそれはムカつくし、あまりよさそうには思えないんだが。そんなことを考えているうちに幼馴染みはおれに擦り寄ってきた。女を感じさせるように密着させてくるあたり、さすが商売女だと思う。そんな気もないのにやる気にさせられてしまう気がした。


「ねぇ、お金いるんでしょ?」

「なんだ、仕事回してくれんのか?」

「そーゆーことぉ。姉さんたちうるさいのよねぇ、パウリーと会わせろぉって」


 姉さん、というのは幼馴染みのような商売女の中で結構ベテランな部類に入る方々だ。年を取ってもとても美人で、むしろ手練手管があるから料金も割高。それでもお客が後を絶たないらしい。だからお金をたんまり持っていて、おれの収入にも期待ができるということだ。頷けば、幼馴染みはにやぁと笑って去っていた。おそらく連絡はまた後日、ということなのだろう。身体に安い石鹸の匂いがこびりついてしまったような気がして一応匂いを嗅ぐ。うーん、何か言われなきゃあいいが。


「“……今のはいったいなんだったんだ?”」

「ん? ああ、ルッチは初めてか。頭の軽い幼馴染み、っつーか腐れ縁だよ」


 裏町に入り浸ってなきゃあ娼館もわからないだろうし、ああいうのと会う機会は少ないのだろう。それでなくてもルッチの顔のよさなら入れ食い状態だ。行く必要性は皆無ということになる。だったら娼館に引きこもっているあの馬鹿と会う機会はない。ドックの中に入ろうかと足をそちらに向けると、ハットリがばさばさと羽根をばたつかせていた。


「“じゃあ仕事ってのはなんだポッポー? ガレーラ以外のとこで働くのはまずいんじゃねェのか?”」

「あー……なんでもねェよ、気にすんな」

「“そう言われると余計に気になるのが人の性だクルッポー”」

「アイスバーグさんを裏切るようなことじゃあねェし、まあ、アイスバーグさんは知ってから」


 誤魔化すようにそう言えば、ハットリはものすごく不満気な顔をした。ハトがどうやって不満そうな顔をするのか、はなはだ疑問ではあるが、ルッチが不満に思ってくれているということなのだろうか? 突っ立ったままのルッチの表情筋はぴくりとも動こうとしていない。気にしてくれているのなら、それはそれで嬉しいけれど、どうせなら聞かないでほしいと思う。もう一つの仕事は、ルッチに聞かれたいようなことではない。


「ジゴロだよ、ジゴロ」

「げ、ジイさん……」

「“ジゴロ? パウリーが?”」


 気がついたら後ろに立っていた同じ一番ドックのジイさんが、おれの聞かれたくないことをさらっと口にした。珍しいことにルッチの方の表情が変わるほどに驚いている。それほどまでに意外だった、ということだろう。むしろ性生活が荒れていると思われていたら問題だ。クリーンなイメージなのだ、おれは。そんなふうに思っていたであろうルッチに向かってジイさんはぺらぺらと余計なことをしゃべってくれやがった。


「パウリーはそりゃあ女に人気でなァ、特に商売女や金持ってる美人にな。むしろジゴロとして生活した方がよっぽど稼げるだろうよ、ヒモ使ってるだけのことはある」

「これはヒモじゃなくてロープだっつーの」

「まったく、昔は真面目だったのになァ」


 真面目だった。昔の話。おれがギャンブルにハマったのは、ちょうど五年前のルッチたちが来た日。それからずっとギャンブルを続けている。誰にも言えないというストレスを発散するには、すべてを忘れさせてくれるのは、それくらいしかなかった。酷くなったのは四年前、──おれがルッチのことを好きだと自覚したときからだ。相手は男だとか、そんなことがどうでもよくなるくらい選んじゃいけない相手を好きになって、どうしようもなかった。今だってストレスが凄まじい。少しでも長くいたいだとか、アイスバーグさんを裏切ってるんじゃないかとか。色々。
 どうにもならないことがある。おれがルッチを好きだということ。その思いは絶対に報われないということ。そしてもうすぐ、ルッチはいなくなるということ。何事も、おれには変えられないことだった。ルッチがいなくなればきっとこの思いは萎れてなくなって、昔のように真面目に生きることができるようになるだろう。そうわかっていても、おれはルッチがここにいればいいのにと思ってしまう。いれるわけもないのに。わかっているくせに。馬鹿な男だ。哀れで、フォローのしようもない。


「“意外だな。そうか、パウリーがジゴロ”」

「やめろ、繰り返すなよ! しょうがねェだろ、借金で首が回らねェんだから!」


 本当はジゴロという行為を一切恥じてもいなければ、ジゴロで稼げるとわかっているからこそ借金をするというクズみたいな性格だ。それを自覚してはいるが、これ以上好きな人に嫌なところは見せたくなかった。ジゴロだなんて繰り返されて、楽しいわけもない。おれが分かりやすく怒ると、「“自業自得だろう、バカヤロウ”」と言われた。呆れられただろう、と思ったけれど、呆れられてすらいないのだろうなと気付いて、死にたくなった。ルッチにとっておれなんか、路肩の石ころよりも価値がない。……ああ、ギャンブルがしたい。それかセックスだ。そうすればそのときだけは全部、忘れられる。


「“仕方ねェな”」

「……何が?」

「“お前がだろうが。金なら貸してやるポッポー。さっさと借金を返してジゴロとギャンブルから足を洗え”」

「へ……?」


 言われた言葉の意味を理解するまでにすこしばかり時間を要して、その間、ぽかんと口を開けてしまった。再度同じ言葉を繰り返されて、そこでようやく理解できた。ルッチがおれのために金を払ってくれるらしい。「……本気で言ってる?」、失礼なことを聞いてしまった。ルッチの代わりにハットリが顔を歪めて、当たり前だと怒った。おれは、やっぱりアホで馬鹿でどうしようもないのだろう。──ルッチが気にかけてくれただけで嬉しい。おれのために金を払ってくれるという。どうしようもなく嬉しくて、うれしくて、今がずっと続けばいいと本気で思った。

もうすぐけものがやってくるのに



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