水をぶっかけられたものの、そのあとは特にこれといったことも起こらず、仕事を終わらせ可愛い小物をお詫びとしてマリーちゃんに送って、次の日、ある意味今日を超えれば明日は帰るだけという日を迎えて、仕事に励んでいたわけですが……。


「あ、あの、メアリさん!」

「……はい、なんでしょうか」


 ちょっと人通り少ないところ通ったらこれよ。確実に告白でしょうこれ。お前らおれのこと顔だけで判断しすぎな。見た目だけでおれの全部好きになったとか本当にやばいぞ? 落ち着きなさい。
 今日だけで何人に告白されただろうか。告白ラッシュとか斬新すぎな、マジで。サカズキさんが親馬鹿レベルだって知れ渡ってる本部だったら絶対こんなこと起こんないんだけどな……そうでなくともおれクザンさんとべったりだから、本部にいる間はまず告白とかされないんだよ。クザンさんってもしかして虫除け効果もあったんですかねぇ……。
 面倒くさいけどここは仕事先だ。笑顔を消すわけにはいかない。モテすぎてつらいわ〜とか思う日が来るとは思わなんだ。


「お、おれ、メアリさんのことが好きです!」

「そうですか、ありがとうございます。それでは仕事がありますので失礼します」


 ぺこりと頭を下げて颯爽と立ち去る──はずだったんだが、がしりと腕をつかまれてしまってはそうはいかない。あークッソ、人通り多い廊下通るんだった。って言ってもそんなに人通りの多い廊下ばっかりあるわけじゃないから仕方ないんだけどさァ、いい加減うぜえんだわ。チャンスを逃したくないのはわかるんだけど、お前らにチャンスねえから! 仕事先の人とどうにかなるつもりねえから!


「す、好きなんです、」

「それはわかりました。あの、仕事中ですので、お手を離していただけませんか」


 おれが仕事中なんだからお前もまだ仕事中じゃねえのかよ。勤務中に告白とか舐めてんのか。おれが社長ならそんな社員クビだぞゴラァ!
 手に荷物を持ったままのおれの腕を掴むってなんなんすかねぇ、本当に。おれだって男の子なんで振り払うくらいの力はあるんだけどさ、振りほどいたら面倒くさいことになりそうじゃん? 海軍本部のあの子、本当にいい子だったわねぇで終わりたいんだよおれは。


「離しません! お、お返事を、いただけるまでは!」

「私はあなたのことを何も知りませんし、恋愛ごとにうつつを抜かすつもりもございません。ですので、お手を、離して、くださいませんか」


 マジでいい加減にしてくれ。おれね、忙しいんだわ。お前はどうか知らんけど、おれは忙しいんだわ。この司法の塔ね、仕事いっぱいあんだぞ? メイド大活躍だよ? イラッとしながらも笑顔を絶やさないように頑張っていたら、何を勘違いしたのかわからんがそいつは大きい声でとんでもないことを言った。


「なら一回だけヤらせてください!」

「は!?」


 何言ってんだこいつは!!! 馬鹿なのか!? 美少女にしか見えない本来よりどりみどりであるべきおれが、誰とも分からねえお前と何かセックスするわけねーだろ!? よく考えなくてもそれくらいわかるだろ!? それとも何か!? お前は自分の顔に絶対の自信でもあんのか!? お前の顔はいたって普通だよ!! たしかに嫌悪感抱く顔じゃねえけど別に好みでもねえわ!! そんな幻想抱いてねえで真面目に仕事しろよ!!!


「絶対に嫌です。もう一度だけ言います、手を離してください」


 はーい、次で手を離さなかったら申し訳ないけど金的蹴りします。本気で潰す気でやる。こんな性犯罪者予備軍は子孫残さんでよろしい、マジで。おれの全力金的が火を噴くぜ!
 とそんなこと思っていたら、おれの後ろから、す、と手が伸びてきた。へ? なんの気配もなかったんですけど……? と振り向くと空間から手が出ている。心臓止まるかと思ったわボケェ!!!


「やめてやれ」

「ブ、ブルーノ様!?」

「この司法の塔で犯罪を犯す気か?」


 この手、いや、この人はブルーノさんというらしい。男は顔を真っ青にさせて立ち去っていた。なんか、よくわからないけど助かったようだ。手が出ている空間に向かって、「あ、ありがとうございます」と声をかけるとぱかりと空間が開いて人が出てきた。あ、なんかの実の能力者か! 何かと思ったじゃん!


「いや、気にしなくていい。お前は被害者なのだからな」

「…………」

「……どうした?」

「す、すみません! ご無礼を……!」


 黙り込んで凝視してしまうというミスに、慌てて頭を下げる。──心臓が、痛い。親に貰った名前すら思い出せぬ親不孝もののくせに、一瞬、身動きが取れなかった。この人の顔、死んだ父さんに、そっくりだ。やべえ、ちょっと、泣きそう。もう二度と見ることはかなわないと思っていた顔が、そこにあるだなんて思ってもみなくて。おれの手が震えたせいで、余計な勘違いをさせてしまった。


「すまんな、怖い思いをしたあとだったのに」

「い、いえ、違うんです。すごく、失礼かもしれませんが、お顔が父に似ていて」

「お前の父親に?」


 慌てて顔を上げて訂正すれば、ブルーノさんは驚いたような顔をした。たしかにまあその、おれと父さんはまったくもって似ていないし、勿論おれとブルーノさんもまったく似ていないわけで。そりゃあ驚くわな。
 苦笑いをしてからもう一度「本当に申し訳ございません、ありがとうございました。それでは仕事がありますので失礼いたします」と頭を下げてその場を後にした。ああやって面倒なことに巻き込まれはしたものの、久しぶりに父ちゃんのことをはっきり思い出したのだから今日はいい日だということにしよう。

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 ブルーノはひどく困惑したまま長官室に向かっていた。長期任務を終え戻ってきてそうそう、レイプされそうになっていた、と言っても過言ではない現場に出くわして、助け出したのは見たこともない美少女だった。新しく雇った給仕だろうか、と思っていたら、父親に似ていると言われたのだ。どこからどう見ても似ていないブルーノに、である。
 恐怖を誤魔化そうとしているのかとも思ったが、その目には切なさとともに懐かしむ感情がありありと浮かんでいたのだ。あの感情豊かな少女が嘘をついているようにはブルーノには見えなかった。
 長官室に着き、任務の報告を終えると、スパンダムからメアリという少女が海軍本部から来ていることを知らされた。ついでにその少女がとんでもなく美少女だということも知らされ、あれがそのメアリという少女だったのだろうとブルーノは一人納得した。


「さっき会いましたよ。男に絡まれて、……あわやレイプというところでした」

「ああ!? なんだってこう問題ばっか起きるんだ!! おいブルーノ、どいつかわかるか!? そんなやつはクビだ!!」


 それはそうだろうな、とブルーノは男の特徴を伝えた。これといった特徴のなさが特徴の男であるが、ブルーノが顔を見ればわかるはずだ。三大将のお気に入りらしいその少女に昨日からやたらと面倒ごとが起きているとのことらしい。何かあったら今のように伝えるように、と言われ、ブルーノはうなずいたが──父に似ていると言われたことは、スパンダムに告げることはしなかった。


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