水ぶっかけられ事件のあと、何故かジャブラさんにお呼ばれしたおれだよ〜! まさかガーデニングの手伝いをさせられるとは思わなかった、っていうか、本当に立派だなこの庭園。なんで室内をこういうふうにしようと思ったか謎過ぎてやばい。日本風だしかなり格好いいけどさ、どうなんだろうねこれ。


「悪ィな、庭師が休みなんだがつい庭いじりたくなってよ」

「いえ、お気になさらず」

「つーか虫とかミミズとか平気か? たまにどこから来たんだかわかんねェのもいるんだが」

「あ、大丈夫です。ミミズはあそこの鶏の餌になるんですか?」

「ああ、虫もたまに食ってる。他に餌用意してあんだけどな」


 鶏飼ってる友だちいたけど、朝めっちゃうるさいらしいんだが、大丈夫なんだろうか。噂の愛らしい目をした鶏と目があったかと思えば、じいっと見つめられた。もしかしてこいつ、緊張して目をそらせないんじゃ……。ごくりと唾を飲み込むと、「チュン」と予想外の声で鶏は鳴いた。なん……やて……!? え、もしかしてこいつ鶏じゃなくて雀なのか? いやでもどう見てもこいつ鶏だしアアアアアアアアめっちゃ気になる! もしかして味は雀か!? 雀食ったことねえから食ってもわからねえけども!
 おれが食うとか食わないとか思っている間に、鶏は駆け出していった。すまねえ。唐揚げにして食おうとか思ってねえから安心してくれ……。


「そういえばお前、水かけられたんだってな」


 雑草を抜きながらジャブラさんがそう話しかけてきた。なんで知ってるんだろうと思わずジャブラさんを見てしまったが、視線は相変わらず手元を見たままだった。おれも視線を戻して仕事を続行しながら、ジャブラさんに言葉を返した。


「ええ、まあ、事故です」

「どう見てもぶっかけられたって聞いたぞ」

「私は見ていないのでなんとも、ですが、ご本人がそう言っておられるのであれば掘り返す必要もないかと」


 実際、故意じゃなかったらびっくりしてもっと一生懸命普通に謝っていたと思うから、あれはわざとかけたんだろうけどイジメだとしてもなんつーか、いまいちだよなァ。彼女に得になったことって何にもないんだろうし、寧ろもっとすみませんすみませんって感じで真剣に謝って裏でぐちぐちいじめた方がいいと思う。いや、そんなことやっちゃダメなんだけどさ。女子のイジメって陰湿なもののイメージなんだけど、あれじゃ正面から殴られたようなもんだし、まあ痛くも痒くもねえというか。


「そうか……大丈夫だったのか?」

「ええ、幸いすぐに着替えに行くことができましたので」


 あのあと買い物に誘ってくれていたマリーちゃんには悪いことしちまったけどな。何かあとでお詫びの品でも持っていこう。可愛い品が入ったとかどうのこうの言ってたからそれでいいかな。プレゼント用に包装ってしてくれるんだろうか。


「あー、と、そうじゃなくてな」


 言いにくそうに言葉が切られ、その手が止まった気配がしておれはジャブラさんを見た。ジャブラさんは土で汚れた手でがりがりと頬を掻きながら、おれのことを見ていた。あれま、顔汚れちまうぞ。


「嫌な思いしただろ」


 あまりのことに驚いて目蓋をぱちぱちと開閉させてしまった。ジャブラさん、おれのこと心配してくれてたのか。たしかに世間知らずのお嬢さんだったら傷ついていただろうな、と思う。おれは中身おっさんだし水くらいかわいいもんだなあって全然そんなことはないけど、周りから見たらかなりの美少女なわけだし。
 でも、そうか。何かあったら頼れという言葉は本心からのものだったようだ。何を気に入ってくれたのかわからないことだが、海軍のみんなのようにおれに優しくしてくれるらしい。それだけで本当、十分なんだよなァ。


「いえ、大丈夫です。けれどお気遣いありがとうございます、とても嬉しいです」


 おれが笑えば、ジャブラさんはなんとも言えない顔になって「そうかよ」とだけ呟いた。もしかするとおれに気を使ってこんなことを頼んでくれたんだろうか。手入れしなくとも十分綺麗な庭園だしな。ああなんつーか、本当にいい人だなァ。

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 いくら初めの印象がよかったからとはいえ、一週間しかいない相手に対し、ジャブラがそこまで仲良くなろうだとか優しくしてやろうだとか、自主的に行動するわけもなかった。ジャブラがここにメアリを呼んだのは当然長官の命令があったからだし、ジャブラがメアリに嫌な思いをしたか聞いたのも当然長官の命令があったからだ。間違ってもジャブラがメアリを気遣ったわけではないのである。
 だから、気を使ってもらって本当に嬉しいのだという笑みを、ジャブラに向けるのはお門違いなのである。そんな、親を見つけた迷子みたいな安心しきった笑みを向けられると、ありもしない罪悪感のようなものがふつふつと湧き上がって来るような気がするのだ。暗殺者にそんなもの、あるわけもないのだけれど。


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