サカズキさんの執務室で食事を終えてから洗い物を済ませ、おれはさっさと仮設自室のある階へと戻った。何か問題があってからじゃあ遅いしな。廊下をうろうろしているわけにもいかないのでお呼ばれがあるまで待機していると、トントン、と部屋のドアをノックする音。おれがこの部屋にいることは七武海のお二人は知らないはずなので、おんや誰だろう、と思ってドアを開いたら衛兵さんだった。ぴっと綺麗に敬礼してくれるが、おれは別にお偉いさんではないのでそんなことをする必要はないと思うよ。


「どうかなさいましたか?」

「は! ジュラキュール・ミホーク様ご到着になられました!」


 おれのところに来る用事なんて他にないだろうから、そうだとは思っていたけれど……既に到着済み……だと……? 一人脳内でざわついているわけにもいかず、「かしこまりました」と頭を下げてから慌てて正面入口に向かう。
 朝っぱらから寝不足気味で猛ダッシュとか! アホかと! 頭痛くなりそう!
 そんなふうに思ってみたところで走らないわけにもいかないので、全力で駆け抜けるおれの社畜根性プライスレス。ていうか社畜じゃなくてもお客人待たせるわけにはいかないわな、普通。
 正面入口を出る前に、一応息と身だしなみを整えてから扉を開く。若干覚悟を決めていなかっただからだろうか、開いた先、案外近くまでミホークさんが迫っていて驚いた。顔には出てなかったと思うが、ちょっとびっくりした。案内もなしにすたすた来ちゃってるよこの人! メアリ、一生の不覚!
 こちらに気がついてくれたミホークさんの目の前にまで行って頭を下げる。渾身のおじぎである。脳内で数を数えてから、顔を上げる。おヒゲの生えたナイスダンディだった。……あらやだ素敵。


「お出迎えが遅くなりまして申し訳ございません。ジュラキュール・ミホーク様、遠路はるばるお疲れ様でした。ひとまずお部屋までご案内させていただきます。お荷物等ございますでしょうか?」


 ミホークさんはわずかばかり目蓋を大きく開いてみせると、「貴様が案内役なのか」と聞いてきた。返事とともに頷けば、じろりと向けられる視線。……あ、あれ、これ、もしかすると初めて最初っから害意あるパターンのやつですか。もしかして切りかかられちゃったりとかしちゃう? その背中にあるどでかい格好いい剣でざっくりいかれちゃう? それはさすがにSHI・NU・YO!
 殺されるかもしれないという緊張感からか頭の中が変なテンションになってしまっていたのだが、ミホークさんは特に襲ってくるようなことはなく、ただ「そうか」と頷いてその会話を終えた。……うん、雰囲気がマジで怖いだけの人っぽいな。勝手に失礼な固定概念で考えてしまったことをお詫び申し上げたい。無論全ておれの脳内で行われたひとりの寸劇みたいなものだけど。


「それでは、お部屋にご案内させていただきます」

「ああ」


 渋いおじさまであるミホークさんの前を歩きながら、さっそく部屋へと案内する。その道の途中、政府関係者は午前中にこちらに戻ってきてそれから順にご案内するのでお時間をいただかなければならないことを説明した。ミホークさんはとくに文句もないようで、頷いて肯定の意を示してくれた。
 なんだか怖い人のように思っていたけれど、別段そんなことはないようだ。見た目に反して普通の人なのだろう。よかった……見た目じゃなくてマジで悪い人二連発だったからな……顔は怖いけどそんなことは別に問題じゃないし。
 会話が弾むというわけでもなく、だからといって会話のない空気がいたたまれないというわけでもなく、ただ静かなままの空間。案外この人とは波長が合うのかもしれないなー、なんて思っていたら、廊下に出てくるのっそりとした男が視界に映った。あ、ドフラミンゴさん起きたのか……もしかしてミホークさんと揉めるんじゃないだろうな。そんな懸念を抱いた瞬間、身体がぴしりと動かなくなった。


「え? ……あれ? 金縛り?」


 金縛りってたしか意識は覚醒してるけど身体は覚醒してないじょうたいのことだったよな? 起きてから数時間経って金縛りになんかなるわけがない。ってことは、なんか悪い病気か……!? 身体が思うように動かないってのはなかなかやばそうな気がするんだけど、どうすりゃいいんだおれは! しかも客を案内しているこのタイミングで! 無理やり動かすか!?
 そんな根性論でどうにかしようとした矢先のことだった。ミホークさんがすらりと背中にあるどでかい剣──ではなく、刀だったようだが、今はそんなことを考えている場合ではない──を引き抜いたのである。あれ、やっぱこの人怖い人? 案内している途中に動かなくなったメイドは斬り殺しちゃう感じ? うっそぉーん、マジで? 嘘だろ?
 しかしながら刀は振り上げられ、そして、降りおろされた──おれよりも少し向こうの空間で。ぱつんぱつんと軽い音がしたかと思えば、ふっと身体が解放されたように動きを取り戻した。え? なに? ん? と状況をできないおれを置いて、ミホークさんは刀をしまいながら足を進め、おれとドフラミンゴさんの間に立ったのである。ドフラミンゴさんはニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべている。


「何かするというのなら、おれのいないところでやれ。迷惑だ」

「薄情な野郎だぜ、メアリちゃんもそう思うだろ?」

「いえ特には、思いませんが」


 いきなり思っても見なかった質問をされたので、ついそう答えてしまった。何がどうなっているかわからないおれにその質問してもそうとしか答えられない。ミホークさんって薄情なの? 会ってまだ五分も経ってないんだからよくわかんないぞ。
 おれとしては普通の答えだと思ったのだが、ドフラミンゴさんは少々驚いた顔。振り向くことはなかったミホークさんの表情がわずかに変わったことから、もしかするとミホークさんも驚いているのかもしれない。
 このいたたまれない空気を作ってしまったのがおれだということが余計にいたたまれなくて、「どうかなさいましたか?」と声をかけるとドフラミンゴさんはぷるぷると震え出した。え、なに、こわい。


「フ……フフ、フッフッフ!! おもしれェこと言うじゃねェか、メアリちゃん!」


 何が? なんだろ、この人理解できなくて怖い。おれが引き気味になっていることに気がついてくれたのか、それともミホークさんもドフラミンゴさんとはいたくないと思ったからなのか、軽く振り返ったミホークさんは「部屋に案内しろ」とおれを急かした。かしこまりましたと頭を下げて、ミホークさんを部屋へ案内する。ドフラミンゴさんを軽く無視したような形になったけれど……まあ、その、なんだ。別にいいだろ。


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