ぱっ、と目が覚めた。部屋の中はなんの物音もしないし、おれ以外の生き物もいないというのに、だ。けれどそのあと数十秒してドアの向こうで人が通りすぎたらしい気配を感じて、部屋の前の廊下に人が現れたことで目が覚めてしまったのだとわかった。元々眠りは浅い方だが、今日は一段と浅くなっている気がする。多分、ドフラミンゴとメアリのことがあって眠りが浅くなっているのだろう。
 ……メアリは可愛い。おそろしいほど整ったあの愛らしい顔を崩してやりたいと考えるのは、正直、わからなくはない。わからなくはないが、可愛い妹分がそんな目にあってそれをよしとできるかと言えば、できるわけもなかった。
 いくらメアリがセクハラ染みたことばかり考えているような、中身がおっさんのようであったとしても、その実、まだ十五程度の小娘だ。あんなふうに美しく人目を引き欲望を駆り立てる存在だとしても、爺様の箱入り娘である。当然、実際に男とどうこうなったことはないはずだ。こっちに来てからだってそれらしい男の影はない。となるならば、やはりメアリはあんな場面に遭遇して何も思わないわけがないのである。
 その精神的な痛みを考えると──と思ったところで、こんこんというノック音。ドアの外に気配を感じて「はい?」と声を出せば、ゆっくりと開かれた扉の向こうに秘書官の姿があった。キャラ付けでもしてるのかと言いたくなるほど眼鏡のブリッジをあげるしぐさが誇張されて見える。


「さ、大将。仕事始めてください、就業時間ですよ」

「えーおれ起きたばっかなのに」

「はい、嘘ですね。起きたばっかりの人は食事の用意できませんから」


 ずびし。さされた指の先にはたしかに食事の用意がしてあって、おれは思わず瞠目した。え? 何、なんで?
 気が付いていなかったこともあり、おれはわかりやすく動揺した。おにぎりが三つと、何かの飲み物を入れた水筒。おれが夢遊病者じゃないってんなら、おれが寝てる間に誰かが置いていったってことになる。……おいおい、ドアの外の廊下の端に人がいても気が付くってーのに、誰が入ってこられんのよ。ボルサリーノやサカズキが廊下にいるくらいなら起きないかもしれないが、その二人が部屋に入ってくれば、それだって気づくはずだ。


「あ……書類、まとめてあるんですか。……仕方ないですね、食事するくらいの時間は待ちます」


 その言葉に、すこしばかり動転していた気がすっと落ち着いた。……よく考えればわかりそうなものだ。わざわざおれに食事を用意して、書類まで揃えた上、気付かれそうもない人間なんて。


「……まいったな」


 身体を起こしながら小さな声がつい漏れた。参った。なんとも参った。この部屋に入ってきたのは、おそらくメアリだ。大将の仕事は多岐にわたり、その書類を秘書官が見てまとめられてると感じるほど綺麗にまとめるには経験がいる。部屋に入ってきたときにわざわざおれの書類をまとめるような人間は、メアリを除けばおつるさんくらいなものだろう。とは言え、おつるさんならば、書類をまとめるよりも先におれを起こすはずだ。さすがに用もなしに朝っぱらからおれのところを訪れる理由などありはしないのだから、それが真っ当──となれば、残りはメアリだけだった。
 置かれているおにぎりに手を伸ばす。一つめは梅、二つめはおかか、三つめは鮭。どれもこれもなんだか懐かしい気持ちを思い起こすような美味しいものだった。次に開いた水筒の中身は、身体に染みるような深い味の味噌汁だった。
 ……まいった、実に参った。この男の胃袋をがっつりつかむような安心する味も含め、今日のメアリの行いはおれをどうにもこうにも困らせる。
 すべてを食べ終えテーブルの端にそれを置いて立ち上がる。書類がまとめてあったためか、やることもなくぼうっとしていた秘書官が軽くおれの方を見てきた。おれは目線を合わせるわけでもなく、ゆるりと足をデスクへと向け、そして席につく。落とした目線の先にある書類は文句のつけようがないほど綺麗にまとまっていた。文句の代わりにため息をひとつついて、ペンを手に取った。


「……さ、仕事するか」

「!? た、大将が、仕事を真面目にするだと……」

「失礼だね、お前」


 心底本気で驚いている秘書官は、大将に対する態度というものがなっていない。ブツブツ言ってもどうせ改善しないだろうと思うので、すぐに頭を切り換える。……とは言っても、仕事ではなく、メアリのことだけど。
 胃袋をがっつりつかんだことは置いておいてもいい。飯や書類の整理など細やかな気配りをしてくれてちょっときゅんとしたことも百歩譲っていいだろう。けれど、けれども、だ。すっかり寝ちゃって気配にも気がつかないってのはどうなの? おれはずぼらでだらしのない男だという自覚はあるけど、その図太さ以上に自分が繊細に出来ていることも理解している。例えば、どれだけ惚れ込んだ女がいたとしても、隣で安心して眠ることなんできない程度には。とても浅いおれの眠りは他人の介入を絶対に許さない。……はずなんだけどなァ。
 あの子がおれに害を与えることなんて有り得ないとわかりきってはいるものの、無意識下ではそうもいかないのが人間というものだ──そんなふうに思っているから尚更、もやもやしてしまう。信じるに値する人物であると思っている反面、おれは疑い続けたい。我ながら面倒くさい男である。予防線に囲まれて生きているほうが楽だと身体に染み付いている。


「……近すぎちゃったかね?」

「何がです?」

「いや? こっちのこと」


 常に不安でいたほうが安心するなんて、本当、面倒くさい性格してるなァ。


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